双風亭日乗

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2005年5月23日 (月)

会社の話 13



 たとえば、新規に出版社を起こし、取次に口座開設のお願いにいく。まず、取り合ってもらえない。この雰囲気を言葉にすれば、「どうせ売れる企画なんてないんだろう」とか「既存の出版社がヤマほどあるんだから、新規参入なんて無理だよ」ということになろうか。取次の方には申し訳ないが、ほんとうにそういう雰囲気なのです……。


 だから、何度もかよう。かよっていると、すこしずつ話だけは聞いてくれるようになる。それで「まあいいか、口座を開いてあげようか」ということになるわけだが、ここから先が利権問題と絡んでくる。「正味」の問題である。


 以下、「私が知る範囲」での話なので、正確な数字は知っている方や専門の方にご助言いただきたい、という前提で話をすすめたい。「そんなあいまいな数字で、偉そうに書くな」と思う人がいるかもしれない。だが、あいまいな数字であっても、構造的な問題点は提示できると思うし、その問題点を改善しないかぎり、出版に未来はないような気もするので、あえて記す。


 新規の出版社が取次に口座を開いてもらう場合、よくて本体価格の65%、たいていは同62%または60%が、出版社から取次への卸し正味となるのではないか。老舗出版社のなかには正味75%とか72%というように、正味が70%以上のところがたくさんある。もちろん老舗出版社の「古くからやっている」という「経験」や「実績」は、評価しなければなるまい。老舗でいまも残っている出版社の多くは、ただ正味が高いとか条件がいいという理由だけでなく、内容のある本や売れる本を出しつづけてきたからこそ、現在まで生きのびているのだから。この点については、おおいに敬意を表すべきである。


 だがしかし……。老舗といっても、看板だけ出していて、まともな本を出していない出版社もかなり多い。そういう出版社は、高い正味を「利権」として保持しつつ、自分らは本をつくることをやめて、「発売元」として高い正味という「利権」を別の出版社に享受させつつ、みずからもその「アガリ」で利益を得ているという実態がある。また、たいした内容の本でなくても、売れる本でなくても、たまに本を出せば、取次は高正味でその本を取り扱う。


 私は、K社の代表になり、出版流通がすこしずつ理解できてきたときに、以上の点に出版流通の最大の疑問を感じた。なぜ、本を出していないのに、古くからやっているということで、高正味が維持される出版社があるのか。なぜ、売れるような本を出していないのに、高正味なのか。なぜ、内容の薄い本ばかり出しているのに、高正味なのか。他の出版社の諸先輩に話を聞くうち、その理由が「古くからやっていると高い正味を維持できる」という「利権」であることがわかってきた。


 私は、この「利権」について、弱小出版社のヒガミとかヤッカミにより、この文章を書いているわけではない。正直いうと、「うらやましいなあ」とは思う。とはいえ、時間は不可逆なのだから、いくらそう思っても自分らは「老舗」にはなれない。つまり、うらやんでも意味がない。この正味の問題は、出版流通の構造の問題であり、知れば知るほど矛盾していると思うから書いているのである。


 単純に考えてみてほしい。しっかりとした内容で、かつ売れる本を出している新興のFという出版社があったとする。新興であるから、この出版社の取次への卸し正味は62%程度だと仮定する。一方で、ほとんど本を出していないものの、他社の発売元としてつぶれない程度の利益を得ているS社の正味は72%だとしよう。F社とS社の正味の差異は10%。本体2000円の本が5000冊ほど売れた場合、同じ価格の本を売ったとしても、S社はF社よりも100万円ほど多く利益を得る。あえていおう。その100万円が必要なのは、古いが「やる気」のないS社ではなく、新興だが「やる気」のあるS社なのではないか。


 新興のF社が、高正味を得たからといって、よい内容の売れる本を継続的に出せる保証はない。しかし、出せるかもしれない、という程度の可能性はあると思う。つまり、世に良書が産み落とされる可能性を、F社は持っているのだといえよう。一方、よい内容の売れる本を出す意志のないS社が高正味を維持しても、世に良書が産み落とされる可能性は、ひじょうにすくない。


 今後、この日記に書いていくことになるとは思うが、出版社を新規でおこすことと、それを維持することは、技術的にも能力的にも、とりわけ金銭的にも、ひじょうにリスクの多いことであり、苦難の多いことでもある。ひとりでやろうが、数人でやろうが、そのリスキーな状況にはたいした差がなかろう。このリスクを引き受けてでも、出版社をおこそうと考える人には、それなりの意志や「やる気」がある。数千万円の準備資金がある、というような恵まれた環境で開業する人もいるのだろうが、それは少数なのではないか。


 ようするに、リスクを引き受け、それなりの「やる気」をもつ新興出版社に対して、取次は「正味」という「利権」で、さらなるリスクを新興出版社に与えようとしているように、私には見える。だからといって、取次が新興出版社に、口座開設時に高正味を提示しろなどとは、まったくいっていない。半年から1年に1度、刊行した本の売れ行きや内容に応じて正味を見直すなど、取次は柔軟な対応をしたほうがよいと思う。逆に、発売元としてしか機能していなかったり、どう考えても内容がなく、売れない本ばかり出している老舗出版社の正味も、しっかりと見直すべきだ。


 取次が、こうした柔軟な対応をとれば、世に良書が生み出される機会は、確実にいまより増えることになろう。そのことが最終的には、読者にとってメリットとして還元されるわけだ。出版社も取次も、読者あっての出版活動なのだから、原点に返ればそういう発想にならざるをえないと思うのだが……。ひたすら奇妙な状況がつづいている、というのが出版流通の実情であるように、私には思えてならない。


 しつこいようだが、次回も出版社と取次の関係をとりあげてみよう。


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