双風亭日乗

« 早稲田大学にジャーナリズム大学院ができるんだって!? | トップページ | ジャニーズがニューズウィーク誌に登場 »

2005年6月 1日 (水)

会社の話 16



 ここで、いまでも忘れられないエピソードをひとつ。はじめての本が出るちょっと前に、あるライターさんが海外にいくとのことで、その歓送会に参加した席でのこと……。


 私が雑談のなかで、前日の日記で書いたような経緯があって、書店人とともに宮台さんを囲む会をやった、と発言したところ、どこからか罵声がとんできた。「そんなことをやっていたら、大手出版社と同じじゃないか。宴会やって、書店人を招待して、著者に酒をつがせる。とんでもないことだ」とP出版のSさんに罵倒されたのだ。さらに「そんなことができるのは、首都圏の書店に対してだけだ。地方の書店の人は、いつになってもそんな会には参加できない。著者だって、地方にまわってくれる人などいない」云々……。


 初対面のおっさんからの筋違いの罵倒には腹がたったが、反論する気も起きず、ただ呆れるばかりであった。まだ本を出していない出版社に、大手出版社と同じことができるはずもない。話しの次元が違いすぎる。著者・書店・出版社という「大手宴会接待」の形式が似ているのと、大手に対する反体制的な意味合い(笑)で、Sさんは罵倒されたのでしょう、きっと。私は、囲む会をやった時点で、大手がそのような宴会をやっていることは知らなかった。だから、それを真似たものではないのだが、Sさんは私が大手の猿まねをしているように思ったのかもしれない。これも勘違い。


 反論ではないが、結果として、書店人のみなさんが宮台さんと交流できたことを喜び、そういう場を設定した弊社が各書店との直販契約をスムーズにむすべた。宮台さんも書店人と話しができたことを喜んでいた。大手がやっているから宴会は駄目だ、と切り捨てる前に、Sさんはみずからも著者と書店人との接点をつくるべく動くべきなのではないか。著者も書店人も喜びますよ。けっして接待ではないかたちで、場を設定すればいいんですから。


 あと、首都圏の書店人しか集まれないから駄目だ、というのにも無理がある。あの時点での私の願いは、できるだけ多くの書店と直販契約をむすぶことなのであり、財力もコネクションも限られている私にできることは、新宿の酒場で交流会を開催することくらいだったのだから。


 それに、「地方の書店は……」という点は、確かにそのとおりなのだが、それをいったキリがないでしょう。「著者と書店人の交流会」を全国で公平に開催する(「交流会」の社会主義的展開!?)なんてことは、それこそ大手しかできない。本も出していない出版社には、限られた条件で身近なところからはじめていくしかない。


 もう一点、「そんなの有名な著者だからやれることであって、すべての著者ができることではない」とSさん。またまた社会主義的平等とか公平への夢物語を語りたいのであろうか。それは当たり前のことです。双風舎はこれから本を出すのだから、できるだけ読者や書店の関心を得られるような著者の本を出さなければならない。そうしなければ、つぶれてしまうという強大な危機感がある。だから、著名な著者にお願いして、対談本の企画をたてた。


 有名な著者だから、書店人が集まるというのは、ごもっともでしょう。とはいえ、そういったことも折り込み済みで、第一弾の企画を決めているわけだ。私だって、カネが余るほどあったら、無名だが可能性を秘めた新人の本をたくさんつくりたい。P出版さんのようにね。でも創業時はそんな余裕はない。どうにかして、第一弾を売って、次の本につなげることが至上命題である。いずれにせよ、『挑発する知』が売れなかったら、会社をたたむつもりだった。


 有名な著者の本を出そうが、無名の著者の本を出そうが、それはそれぞれの出版社が決めること。無名の著者の本を出して討ち死にすることに価値を見いだすか、有名な著者の本を出して、まずは生き残ることに価値を見いだすか。それも、各出版社が決めること。たまたま創業時であり、たまたま有名な著者の本を出すことになり、たまたま思いつきで交流会をやっただけなのに、Sさんはなぜ、あんなに突っかかってきたのだろう。


 Sさんの言動には、「平等」とか「公平」とか「草の根」というような、昔の左翼的なものをそこはかとなく感じた。そのうち「主体」とか言い出しそうな雰囲気であった。つまり党派の匂いがした。ある党派にとっては、おそらく有名人の本を出したり、有名人と宴会をやったりすることは、どんな理由があれ、信条的に許されないことなのかもしれない。でも、そんな党派性にこだわる時代は、とっくに過ぎ去っている。本人もわかっているのでしょうが、酒が入ったりすると、ついつい若い衆に説教したくなるんでしょう。


 私は、カンボジアで暮らしているときに、かなり多くの似たようなタイプの人と出会った。NGOとかフリージャーナリストとか、いろいろいたなあ。「正義」「平等」「庶民」「草の根」「開発」なんて言葉を、無責任に使う人たち。そういう人の多くが、ベタにその言葉をいい、ベタにそれを実践しようとする。それで、たちいかなくなると、カンボジアの人や社会が悪いといいだす。私が学んだことは、平気で「正義」や「平等」を振りかざす人ほど、距離をおいて付き合った方がいい、ということだった。


 以上のようなかたちでSさんに罵倒されたことは、いま考えてみると、よかったことなのかもしれない。これから出版をやっていくときに、新興の出版社の人に対して、Sさんのようには振る舞わないようにしようと思ったし(いきなり、あんなこといわれたら、「なんだ、この人は?」と思ってしまうし、弱気な人だったらやる気をなくしますよ~)、自分のやり方でも間違ってはいないということを、経営を軌道に乗せることでSさんに証明しようとも思ったのだから。


 この思いは、ルサンチマンなのだろうか? 何なのだろうか??


 偉そうなことを書いてしまったが、現状では残念ながら「経営を軌道に乗せ」られているとは、けっしていえない。だから「自分のやり方が間違ってはいない」と、いいきることができない。道は険しいものの、日々、出版道に精進するのみ。


 というわけで、以上、若輩者の戯れ言ということで、ご容赦くださいませ、Sさん。


 もっと本を出して、たくさん売って、経営が安定してきたら、Sさんに会いにいくことにしよう!


| コメント (0) | トラックバック (0) |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:
会社の話 16:

コメント