双風亭日乗

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2005年6月28日 (火)



 尊敬している編集者・末井昭さんの日記で、銀杏BOYZの峯田和伸さんのブログがあることを知りました。勝手ながら峯田さんは、素直に、直感的に、毒づきながら、正直に生きている貴重な人だなあ、と思います。そのことは楽曲にもあらわれていますし。


 「シコり場」の話、最高に笑えます。復帰したら、ライブに行きたいなあ。


 峯田和伸の★朝焼けニャンニャン http://blog.livedoor.jp/mineta1/tb.cgi/26532017


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2005年6月28日 (火)



 昨日、仲正さんの文章をブログにアップしました。本来ならば、自身のブログにそれをアップすればいいのですが、仲正さんはブログをやっていないので、ここで公開した次第です。


 すでに本を買っていただいた方のなかには、「買った本の内容を公開すべきでない」と思われる方もいるでしょう。とはいえ、本に書いたものの著作権は、主に著者に帰属し、つづいて出版社に属するものだと私は考えています(もし間違っていたら、ご指摘ください)。ですから、著者と出版社が「ネットに公開しよう」と合意すれば、基本的には公開は可能になるものだと思います。宮台さんのwebページがよい例ですが、著者がみずから執筆した文章を、ネットで公開することには何の問題もありません。たとえ、それが該当する本の発売前であっても。


 こうした公開を、読者の方がたは、どう思っているのでしょうか。とりあえず出版社側の考えは、こうです。第一に、まえがきやあとがきは、本文全体から見れば数%の分量であり、それらが公開されても、本文の内容はほとんど公開されません。第二に、それらを公開することは、企画の成立経緯がわかり、また対談本であれば著者同士の関係性がわかり、「この本、面白そうだな」と読者に思っていただく材料を提供することになると思います。第三に、宮台さんは刊行前に公開しますが、刊行から一定の期間が経過してから本の一部を公開することは、未開拓の読者への営業戦略としても有効だと考えます。


 ざっくりと書きましたが、以上のようなことで、仲正さんと協議のうえ、「まえがき」を公開した次第です。今回を皮切りに、著者と相談したうえで、このような方針はつづけていこうと思っています。


 さて、こうして本の一部を世の中に晒すことにともない、もっとも危惧されるのはコピペ(コピー&ペースト)の問題でしょう。大学生の卒論がコピペで書かれてしまうくらい、ある種の文章作法として普及している(!?)と、宮台さんや仲正さんから聞いています。


 ネットで公開したということは、基本的にコピペはフリーだと考えてかまいません。ただし、著者による思考の結晶としての文章を使うときには、いくつかの仁義を重んじてほしいものです。


 仁義その1) まえがきやあとがきも、本一冊の文脈のなかで書かれていることなので、しっかりと本を読んで、どんな文脈でそれが書かれているのかを理解したうえで、コピペをする。


 仁義その2) 部分的な使用であっても、出典(出所)を明記する。本であれネットであれ。


 仁義その3) 批判や批評、罵詈雑言、誹謗中傷をする場合には、書き手の名前やidを明記する。


 仁義その3については、いろいろと意見があることでしょう。「自分の名前を書くと、悪口が書きづらくなる」とか「ネットなんだから、匿名でもいいじゃん」などなど。しかし、人の書いたものを批判したり悪口をいう場合には、書かれた対象となる人を不快にしてしまう責任が、書いた人には生じるわけですよね。また、批評や批判の場合には、書かれた側にも応答する責任が生じます。そういった責任関係をクリヤーにするには、やはり名乗るという行為は必須だと私は思います。そんなのどうでもいい、と思うのであれば、書き込みなどしないほうがいいし、そう思って書かれる書き込みは、対話としての意味がないので削除されても仕方がありません。


 ただし、匿名でもいい場合があります。それは内部告発です。もちろん、象牙の塔の内紛に関するくだらない告発とか、誹謗中傷目的のスキャンダラスな内容のものは論外。組織や社会の問題点で、隠蔽されている膿の部分を告発する場合で、なおかつ名乗ってしまうと書いた方の生活がたちいかなくなってしまうような場合は、匿名でもかまいません。


 こうした簡単な仁義を重んじるようにすれば、「炎上」することなどないとは思うのですが……。そう思いつつも、人のルサンチマンや怨念は、「そんな仁義なんて、守ってられるか!」という強い思いを抱かせてしまうのかもしれませんね。


 いまさら教科書的なことばかり書いているんじゃねえ、と叱られそうです。しかしながら、このブログは出版社のwebページの出張所と位置づけているので、話が通じない人から著者を守る必要があることから、このようなことを書いています。まあ、これを書いたからといって、どこまで著者を守れるのかは疑問ですが、以上のような意志を著者や読者に知っていただくことには、それなりの意味があるような気もします。


 というわけで、繰り返しますが、文脈を理解してコピペをして、コピペの際には出典を明記して、悪口を書くときには名乗ってください。


 よろしくお願いいたします!


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2005年6月27日 (月)



 宮台さんと仲正さんの共著『日常・共同体・アイロニー』(双風舎)が出てから、すでに半年くらいたちました。


 最近、仕事の都合で、グーグルにて「仲正昌樹」を検索する機会が多いのですが、かなり上位に宮台さんによる同書の「あとがき」が引っかかることに気づきました。気づくのが、ちょっと遅すぎたような気もしますが……。


 そこで仲正さんに相談したところ、いまさらながらこのブログで、同書の「まえがき」の全文を掲載しようということになりました。


 まだ同書を買っていない方は、まずは仲正「まえがき」と宮台「あとがき」を読んでみてください。そして、面白そうだったら買ってください。よろしくお願いいたします。


 宮台真司さんによる『日常・共同体・アイロニー』の「あとがき」は以下のページです:


 http://www.miyadai.com/index.php?itemid=192


 では、以下は仲正さんによる「まえがき」です。どうぞお楽しみください。



 『日常・共同体・アイロニー』まえがき by 仲正昌樹



 「宮台真司さんとトークセッションをしてみませんか」という話が双風舎の谷川さんからあったのは、2003年の暮れであった。三省堂本店でおこななわれた、宮台さんと情況出版の前社長の古賀暹さんによる「北一輝とアジア主義」についてのシンポジウムで、私がコメンテーターをしたときのことだった。システム理論を中心とする理論社会学と、サブカル系のフィールドワークとのあいだで器用にバランスを取りながら、いろいろな「立ち位置」で過激な発言を続ける「宮台真司」という特異なキャラクターには、ずっと前から関心を持っていた。とはいえ一対一で話す機会があるとは思っていなかった。


 本書を手に取っている読者もそう感じているかもしれないが、私自身も、宮台さんと私では住んでいる世界がかなり違うと感じていたのだ。東大の文系大学院出身で、大学教師をしており、いろいろと雑多な領域で専門が何なのかわからないような言論活動をしている、というところまでは共通している。しかし「非日常性に惹かれる若者たち」のオピニオン・リーダー的な役割を演じている宮台さんと、わかる人だけわかればいいという調子でちまちまと皮肉ばかりいっている私とでは、体質が根本的に違うという認識だった。


 古賀さんが情況の編集長だったころ、「あんたには、日本の左翼の思想界を背負って立ってもらわなければならないんだから、もっと宮台真司みたいに若者に好かれるようにやってもらいたい」とよくいわれていた。だが私は左翼にも若者にも無理に好かれたくないし、向こうも好いてくれないだろうと思って本気にしていなかった。あまりポピュラーにならないので、ひがんでいるだけだといわれそうだし、実際、そうなのかもしれない。とにかく、まわりへのウケを気にしながらポピュラーになってもしょうがないと私は思ってきた。


 ヘーゲルの主/僕の弁証法でいうと、「僕」の立場の者たちによって、つねに「承認」されていないかぎり「主」であり続けることができない「主」は、「僕」以上に“僕”的な従属状況に置かれている。「宮台真司」とは、「私」にとってアクセスできないし、アクセスすべきでもない「向こう側」を象徴していたような気がする。


 「アジア主義」に関するシンポジウムのコメンテーターを引き受けていながら、こんなことをいうのは無責任かもしれないが、宮台さんの「アジア主義」論に関しても、「そんなことを、ほかのアジアの人が望んでいますかね」という趣旨のことをいって、まぜっ返してやろう、と最初から決めていた。実際、そういう言い方をした。「西欧近代」を尺度にしてしか、物事の是非を論じられないリベラル左派の知識人に刺激を与えるために、「アジア」という対抗モデルを持ち出すことの意義はそれなりに理解していたつもりだ。しかし日本人だけで「アジア主義」を語りはじめたら、結局、日本のナショナリズムの拡張にしかならないと私は思っている。


 元統一教会信者がこんなことをいうのはヘンかもしれないが、私は超越系の思考が苦手なのだ。「近代の超克」にかかわった廣松渉の思想的弟子として、彼が晩年にいい出した「アジア主義」を本格的に継承・発展すべきことを説いていた宮台さんにとっては、いわずもがなのことをわざわざ口にして、場をシラケさせる私は、長期的な政治戦略がわからない「うるさい皮肉屋」に見えたかもしれない――もっともそういうことは、戦略家の宮台さんにとってはすでに織り込みずみだったかもしれないが――。


 以上のような経緯から、自分とは異質な「宮台真司」というキャラクターと話しをしてみたいのやまやまなのだが、正直いって、たぶん宮台さんのほうがあまり乗り気でないので、企画が流れてしまいそうな気がしていた。谷川さんから「宮台さんは了解してくれてますし、けっこう乗り気のようですよ」といわれても、何だかリップサービスっぽい気がして、さほど実感がなかった――元新興宗教信者のくせに、やたらと疑り深くて申し訳ありません――。それで、あまり実感がないまま日程を調整して、トークセッションをすることになった。年長の、自分よりもかなり有名な人と対談や座談会をするときには、「〇〇さんの胸を借りるつもりで、思い切って……」とまえがきやあとがきで書くのが論壇・文壇の礼儀・慣習のようになっているが、あいにくそういう殊勝な気分ではなかった。いまから殊勝なふりをするのも私の柄ではないとも思う。それに、私が殊勝だと、キャラクターの組合せを考えて本を編集している出版社にも申し訳ない。


 このように終始ひねくれた態度を取っていた私に対して、宮台さんは、メディアで流布しているイメージとは違って、非常に「紳士」的であった。いまとなっては、大学の先生なんだから、あれが普通なのかなという気もする。とはいえ「仲正さんが、さきほどおっしゃいましたように……」「ここで、お書きになっていらっしゃる……」という感じのしっかりした敬語を一貫して使っていたのが意外だった。あまりしっかりしていない敬語と、タメ口が交じったような口調になると思っていたからだ。私自身は、自分よりすこし若い人と話をするときには、そういう調子になる――「~おっしゃる」的な表現を使うべきことは、さすがの私にもわかっているのだが、何となく口はばったいので、わざと下手な言い方をしてしまう――。


 トークのあいだも、宮台さんがずっと紳士的な態度で、私の話をよく聞いたうえで話を合わせてくれているのが、印象的だった――この本を読んでいる人には、かならずしもそう見えないかもしれないが――。有名な論客にありがちの、相手の「立ち位置」をあらかじめ強引に規定したり、最初に揚げ足を取って心理的ダメージを与えてから、うまく操縦してやろうとするような態度は見られなかった。そういう小細工をしないで誠実に相手の話を聞くのは、当然といえば当然のことかもしれない。しかしながら、イヤミな論壇人たちをすこし離れたところから見ているうちに、「単純なわかりやすさ」を求めるダメなファンを引き付けている有名人なんてロクなものじゃない、と腹の底で思うようになっていた。だから、もっともポピュラーな立ち位置系社会学者「宮台真司」の“普通さ”がかえって新鮮だった。私のほうがずっと、“宮台真司的”だったかもしれない。


 「私」の「宮台真司」像が形成されたのは、青少年問題をテーマにした『朝まで生テレビ』だった。ブルセラなどにかよって小遣いを稼ぐ(大人には)「理解できない」女の子について、フィールド・ワークをやっている新進気鋭の社会学者として宮台さんが登場してきたときのことである。当時の私は、11年半ほど入信していた統一教会を辞めて、(標準より7年遅れで)本格的に大学院生生活を始めたころであった。四畳半の部屋にはテレビを置いていなかったので、テレビの音が聞けるラジオで宮台さんのトークを聞いた。テレビが買えないほど貧乏ではなかったが、部屋が狭いし、電気代がかかりそうだし……。くわえてテレビの世界に影響を受けすぎると、自分が惨めだと感じるようになるかもしれないと思っていたからだ。


 90年代後半以降に宮台ファンになった人には想像しにくいことだろうが、あのころの宮台さんは、いかにも東大の社会学の頭でっかちの院生が、パンピー(一般ピープル)には一言も理解できないような難しいシステム理論系のジャーゴンで、「若い子」たちの「現実」についてとうとうと語っていた。当時は私自身も駆け出しの院生で、社会学を専門的にやっていたわけでもないので、正直いって、語っていた内容がよく理解できなかった。


 ただ宮台さんの口調が、いかにも東大文系に典型的なものであることだけはすぐにわかった。単調だけど微妙な抑揚のついた独特のリズム。やや甲高い声。きわめて専門的なことを、まるで暗唱しているかのように、すらすらと語っていく。「声だけ」だったので、余計にそのイメージが強かった。東大の知的にスノッブな院生の集まるゼミに一度でも出たことのある人は、「ああ、あれか」とすぐにわかるはずだが、そうじゃない人にはなかなかイメージできないかもしれない。当然のことながら、一般の聴衆には何をいっているのかわからなかっただろうし、そもそも、宮台さんが何者かも理解できなかったかもしれない。東大の頭でっかちの院生をいきなりテレビに出して、しゃべらせたら、たぶんあんな感じになるのだと思う。


 アナウンサーから感想を求められたスタジオの一般聴衆のひとりが、「みなさん、話があまりにも抽象的で、現実ばなれしていますよ。宮台さんとおっしゃるんですか、あなた、もっとしっかりしてくださいよ」といったら、宮台さんが、やや興奮した声で、「私は若い人たちのことについてフィールドワークをやっいて、あなたなんかより、ずっとよく知っていますよ。公的機関にも調査に基づいた提言をおこなっています」という趣旨のことをいっていた。反論されたり批判されると、「僕はフィールドワークをやっていて、ちゃんと現実を見ているよ。これは現場で実証された理論なんだ」という調子でやたらとムキになるになるのは、「やや左翼的」な東大文系のエリート学生に脈々と引き継がれている重要な特徴だ。過去のことを引き合いに出して、本当に失礼だと思うが……。


 だから「いかにも東大の人だなあ、あれじゃテレビ受けしないだろう」と思った。しかし、そのうちに声だけで認識した「宮台真司」が、いろいろな「軽いメディア」で、芸人さん的な「軽いパフォーマンス」をしながら登場するようになって、私には意外な気がした。パフォーマンスを学習する能力が高いことに関心すると同時に、よくここまで柄にもないことをやれるな、と思った。


 宮台さんがメディアに登場して以降、きわめて抽象性の高い社会学・社会哲学の理論研究をやっている人が、サブカル的なパフォーマンスもまじえて、アカデミズムからかなり遠いところにあるメディアに出てお喋りするのが、わりと当たり前になっている。一般のメディアに専門家として登場して、情報提供する社会科学者はかなり以前からいたはずだ。とはいえ、アカデミズムとサブカルチャーを、自分の「身体」まで動員したパフォーマンスで繋いで見せる荒業をやってのけたのは、宮台さんが先駆けではなかったのではないか。いまは、正統派エリートだったはずの社会学者や哲学者が、過激なパフォーマンスをやって話題を呼ぶのは、それほど珍しいことではなくかったが……。


 ドイツ思想史という斜陽一方の分野で、かなり遅れて院生になった「私」は、そういう「宮台的なもの」に対して、いうまでもないことだが、憧れと同時に反発を感じていた。もともと、普通の人には到底できないような理論をやっていながら、一般ウケしてしまうメカニズムというのが、どうにも不可解だったのだ。別にそのまま真似したいとも思わなかったが、あのようにウケル人たちと、自分はどこが違うのか、折に触れて考えてみた。


 専門がすこし違う人がごく普通に読んでみたら、絶対に面白いとは思えないものを書くような人が、「何らかのきっかけ」により思想ジャーナリズムで注目され、話題の中心になる。そのときの勢いで、その人物の「立ち位置」に注目が集まるようになると、あとは芸能人と一緒で、何をいおうとやろうと、注目が集まるようになる。だが、その最初の「何らかのきっかけ」というのが、なかなかわからないのである。おそらく、2ちゃんねるやブログ日記などで、宮台さんや北田暁大さん、東浩紀さんなどを上げたり下げたりしてうさをハラしている「恵まれない院生」たちの多くが、不思議に思っていることだろう……。「どうせ記号だから何でもいい」というわけにはいかないらしい。


 たとえば、宮台さんが社会学者としてデビューしたころは、システム理論全盛期で、「システムの自己完結性」とか「コンティンジェンシーの縮減」とかについてとうとうと語れる人間は、エリートとして注目されていた。しかし、いまとなってはパーソンズやルーマンには、ウェーバーやデュルケーム並みの――つまり、訓詁学者のあいだだけでしか通用しない――リアリティしかなくなりつつある。現時点では、ルーマンを引きこもり問題やイラクへの自衛隊派遣問題などに応用して、マスコミに華ばなしく登場する人物がいるとは想像できない。


 東さんが出てきたときは、デリダに人気が集まっていたが、いまでは自称本格哲学者が大学三年生レベルのかなり稚拙なデリタ批判を書いても、どこからもクレームが出てこない。カルチュラル・スタディーズの「エージェンシー」論なども、そのうちにみんなから忘れられてしまうだろう。あとになってみると、抽象的で難しく、パンピーに縁がないのは同じなのに、特定の理論潮流だけがなぜかウケル。北田さんや宮台さんのおかげで、最近、ロマン派にほんのすこし注目が集まっているようだが、もともとドイツの初期ロマン派をやっていた「私」にとっては、冗談としか思えない。


 こんなことばかり書いていると、読者には皮肉にしか受け取れないかもしれないが、そういう「宮台的なもの」を見てきた「私」は、よきにつけ悪しきにつけ、「宮台的なもの」を参照しながら、自分のスタイルをつくってきたと思う。べつに、全面的に反面教師だというわけではない。自分の専門領域には固執しないで、機会さえあれば、どこにでも出ていって発言するというスタンスは、たぶん「宮台的なもの」から影響を受けているのだと思う。


 ただ、私は「宮台的にはなれなかった人」なので、「無理して一般人のウケを狙うようなマネはよしておこう、疲れるだけだ」と心がけるようにもなった。子どものころは、俳優やスポーツ選手、政治家などの華ばなしい職業に憧れていても、自分とその手の人たちとは「違う」ということがわかってしまうと、さほど羨ましくも嫉ましくもなくなるのと同じような感覚だ。長い時間、リハーサルなどで拘束されたり、プライヴェートでも愛想を振りまいたりするのがイヤでたまらない人間は、たまたま芸能人になれたとしても不幸だと思う。そして「宮台的」になるということにも、そういう側面があるような気がする。


 「私」にとっては、くだらない悩みごとを深刻ぶって語ろうとする最近の学生は、ウザクてしょうがいない。また、ファンもどきの無邪気な悪口を、有名税と思って平気で受け流すこともできない。我慢できそうになかったら、最初から無視するし、たまたまくだらない話を耳に入れる輩がいたら、思いっきり不快そうなふりをして、以後は寄せつけないようにする。たまたま「宮台的」になってしまっても、「私」にとっては不幸だろう。「そんなこと、もっと有名になってからいえよ」といってくるバカがいそうだが、一応、大学教師を職業とし、雑誌などの編集にも関わっているおかげで、あまり有名にならないうちに、そういうことをかなり学習してしまった。


 いろいろと思い返してみると、「宮台真司」という特異なキャラクターは、学者としての「私」にとって、エディプス三角形の「父」の位置に相当する存在するのかもしれない。いろいろな面での「父」がいたが、こういう文章を書いている「私」のひねくれ方は、どうも「宮台真司」というイメージとの関係に規定されている部分が多いような気がする。そして、トークセッションで実物にお会いしてみて、やはり「宮台真司」というのは、「私」にとって到達できないし、到達すべきでもないモデルであるという印象が強くなった。


 「私」には、不特定多数の聴衆の「まなざし」を引き受けながら、急に超越するようなキャラクターを演じることはできない。根が深いのか趣味なのかわからないような、多くの悩みに応える心構えもない。「宮台真司」を演じ続けるのは、疲れることなのだろうなあ、とつくづく思う。あの丁寧で紳士的な語り口を聞いていると、メディアにあらわれている「宮台真司」像の背後から、もうひとりの宮台さんがときおり顔を覗かせているような気がしてきた。そっちの「宮台さん」は、意外と「私」に近いところがあるのかもしれない。


 これでは、まったく「本」の導入になっていないが、宮台さんとお話できたおかげで、自分自身のことがいろいろわかったような気がする。トークセッションの中身も、「父の像」に向かって勝手に語りかけているようなチグハグな感じになっていると思う。そういうチグハグさと、すこしだけ病的な感じがあったほうがいい、という人たちには、この本はお薦めである。




日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界

日常・共同体・アイロニー 自己決定の本質と限界





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2005年6月26日 (日)



 最終回では、2回泣きました。西田敏行と鶴瓶が対話するシーンと、岡田が「俺は寿限無でもやればいいんだから」といって長瀬を高座にあげるシーン。


 ドラマで泣いたのは、「傷だらけの天使」最終回で、修がアキラの亡骸をドラム缶に入れ、夢の島に捨てにいくシーン(BGMが「ひとり」って名曲でしたねえ)以来のことでした。


 くわしくは、tatarさんがお書きになっているとおりなので、書きません。とにかく、いいドラマをつくってくれたクドカンに感謝です。昨日、往来堂のオイリさんと、ドラマで「ちくま文庫といったいましたねぇ……」などと話していました。http://d.hatena.ne.jp/tatar/20050625


 つぎは「ドラゴン桜」ですね。たしか朝ナマで、宮崎哲弥さんが面白いマンガだと誉めていたような気がします。とりあえず初回を見て、お手並み拝見です。


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2005年6月26日 (日)



 昨日のブログで『現代思想』誌について書いたところ、いくつかのコメントをいただきました。以下、その応答をふくめて、私の思うところを記します。


 私は、丸川哲史さんがコーディネートする竹内好研究会で同誌編集長とご一緒したり、双風舎の著者たちと対話した経験から、同誌についてこのブログで書いています。また、すぐれてはいませんし、「伝統」もありませんが、みずから淡々と著作を発行している自負もあります。「だからといって、君のいっていることに根拠があるとはいえない」と思われても仕方ありませんが、けっして私の妄想のみを膨らませていっていることではないのも確実です。


 つまりは、同誌にエールを送っているわけです。


 いい部分をとりあげて「そのままでいいよ」といっている場合ではない、と私は思います。売れなくて、廃刊になったら、あまりにももったいない。よって「こうだったらいいのになあ」と批評を重ねることにより読者層を増やし、部数を増やし、「存続」してほしいと思っています。僭越ながら。


 『情況』は、廣松渉さんの思想を多かれ少なかれ継承する人が、党派性を超えて執筆するので、『現代思想』よりも幅の広い筆者が書いているのでは。とはいえ、高齢のブレーンには、いまだ廣松マルクス主義を信仰されている方も多いらしく、その部分が誌面に滲み出てくると、若い人には読みにくい雑誌に変貌してしまっているような気もします。それを考えても、『現代思想』より『情況』のほうが、「何でもあり度」(= 新しい読者をつかむ可能性の度合い)が高いと見ています。


 細かく書くわけにはいきませんが、ようするに私は、たとえば『現代思想』に宮台真司が書いてもいいじゃん、と強く思うわけです。お笑い芸人・レギュラーの「あるある探検隊」ではありませんが、ひとつの雑誌のなかで「ある、ある」「そうだ、そうだ」と、ほかに書かれた同誌の論文に対して同意し、安心してしまう筆者をあつめる。そして、「ある、ある」と同意し、安心したい読者のみがそれを買う。政治が熱い時代は、それでもよかったのかもしれませんが、政治が寒い、空虚なこの時代に、そういう方向ですすむのはどうかなあと思います。ときには「ある、ある」以外の筆者を招き入れ、同じ雑誌の同じ号で論争を展開してもいいのでは、などと思ったりもします。


 同誌編集長の新人発掘への意欲と、その嗅覚の鋭さには、学ぶべきものが多々ありますし、素直に尊敬もしております。双風舎の筆者である丸川さんも、発掘された方のひとりですし。そのへんは、出すものの一点一点に経営の存続と生活がかかってしまっている私などに、できる芸当ではありません。雑誌だからできることを、口先だけにとどまらず、着実かつ淡々とおこなっているというご意見は、私も同意いたします。


 それでも、いまは『現代思想』の優れた部分を認識しつつも、あえて「こうだったら、いいのになあ」と多くの人が意見を重ねることが、重要なタイミングであるような気がします。同誌にしろ『情況』にしろ、正確なデータはありませんが、部数的にはかなり苦戦していることが想像できます。党派性を貫徹して「討ち死に」するのも、ある人にとっては美しい姿なのかもしれません。でも、それでは、もったいなさすぎます。私自身は、「討ち死に」に価値があるとは、あまり思いませんし。


 先日、ある月刊誌編集長にそんな話をしたら、「きみに必要なのは、概念だよ」といわれてしまいました。「必要なのかなあ……」と思いつつ、「いまどき概念ですか……」と思ったりもします。この点については、私の出すものを見てください、としか答えようがありません。


 みなさんは、どうお考えですか?


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2005年6月25日 (土)



 ピエール梶さんによる以下のご指摘は妥当。二つの雑誌とは『現代思想』と『ユリイカ』のことです。 http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20050623#p2 



しかし昔はこの二つの雑誌はもう少し似たような雰囲気をかもし出していたような気がするのだが・・いつからこんな風になったんだろう?なんか青土社内でも仲悪そう、というか話合わなさそうだな、この二つの雑誌の編集スタッフって(例えば『現代思想』の企画段階でウチダ先生とか小谷野敦に書いてもらおう、なんて話が出たりするだろうか?)。・・あくまでも想像ですけど。



 稲葉振一郎さんによる以下の危惧も妥当。まったく同感です。http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20050624



『現代思想』が左翼雑誌になるのがいけないのではない。ダメ左翼雑誌になるのがいけないのだ。



 かなり多くの人が、上記のおふたりのように感じているのに、なぜ変わらないのでしょうか。こうやってネットで取りあげられているうちは、まだ「変わってほしいなあ」という段階なので、救いようがあると思うのですが。「敵」だと思われる人の意見は、読まないのかなあ……。


 


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2005年6月25日 (土)



 宮台×北田本『限界の思考』の脚注をつくっているのですが、以下の人物に関する情報がどうしても得られず、困っております。どなたかご存知の方がいたら、メールでご教示いただけませんか。


 こんなことをブログでお願いしているのは、とても恥ずかしいことだと思います。とはいえ、八方手をつくしてもわからなかったので、恥をしのんでお願いしてみます。


 いずれもカルチュラル・スタディーズ関連の研究者です。


 ●ローレンス・グロスバーグ


 ●ジョナサン・クレーリー


 知りたい情報は、以下の脚注サンプルに基づきます。


 「マックス・ウェーバー(1864-1920) ドイツの社会学者。社会科学にとって重要な「価値自由」「脱魔術化」「理念型」などの新しい概念を生み出し、比較社会学や理解社会学の基礎を築いた。著書に『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(大塚久雄訳、岩波文庫、一九八九年)、『職業としての学問』(尾高邦雄訳、岩波文庫、一九八〇年)など」


 よろしくお願いいたします。


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2005年6月25日 (土)



 いまの日本、そして世界が、さまざまなリスクに覆われていることは、時々刻々と伝えられるマスコミ報道などにより、すでに誰もが感じていることでしょう。


 リスク社会を見つめ直す場合にたいせつなことは、大きく分けてふたつあるような気がします。第一に社会にはどんなリスクがあるのか、ということ。第二に、そのリスクをどう報じる(伝える)のか、ということ。


 目先に危機があり、その情報は一般の人びとが共有すべきなのに、政治的・経済的な圧力により報じられないのはマズい。逆に、政治的・経済的な圧力が働いて、一般の人びとにとってはたいした危機ではないのに、やたらと大きく報じられるのもマズい。じゃあ、どうしたらいいのだろう……。


 そんな疑問をずっと抱いていたので、武田さんが企画したセミナー(「リスク社会と報道」連続セミナー)に参加することにしました。来月から月1回、全8回の連続講座です。毎回のセミナーの概略は、できるだけこのブログで報告するつもりです。


 受講資格を得るために800字の課題作文を書きました。せっかく書いたので、以下に貼り付けておきます。



リスク社会を報道する難しさ


 文京区千駄木のいたるところに、「見られているぞ」と大書きされたポスターが貼られている。そのポスターには、恐い目のイラストも描かれている。貼ってあるのは、地域の掲示板や一般の民家、店先などなど。いまや観光地化しつつある東京の下町で、「見られているぞ」とポスターにいわれるたび、私は憂うつになる。


 日々のマスコミ報道で、様ざまな犯罪が報じられている。それを見たり読んだりした人が、「明日はわが身」と考えてしまった結果、「見られているぞ」というポスターが町に溢れているのであろうか。わが身にふりかかるかもしれない災難を防止するためには、相互監視の日常化はやむなし、ということなのであろうか。


 文京区の千駄木や根津、そして台東区谷中は「谷根千」と呼ばれる。これらの地域は人口の流動化がすくなく、いまでも町内会が機能し、ある意味では地域コミュニティのお手本ともいえる地域だ。そのような地域で「見られているぞ」と相互監視を呼びかける意味は、どこにあるのであろうか。


 「見られているぞ」というポスターを目にしたとき、私たちは「誰が誰を見ているのか」とか「なぜ見る必要があるのか」と想像する必要があろう。想像せずに、素直に相互監視を承認してしまうことは、素直に自由を奪われることにつながる。自分たちが無知であることを認めたうえで、想像したり知ろうとしたりする意志が必要になろう。


 犯罪者から子どもたちを守るのか。交番駐在の警官が足りないので、住民が治安を管理するのか。セキュリティ会社のお金が、治安当局に流れている結果なのか。このように、私たちの想像を補助するような材料を、マスコミは与える必要がある。とはいえ、マスコミはそれを報じない。それは、マスコミも誰かに「見られている」からなのであろうか。



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2005年6月24日 (金)



 前々回に「週刊SPA!」の話題を取りあげました。話の流れで、巻頭コラムに関する記述になってしまいましたが、ほんとうはマネー記事について書こうと思っていました。よって、今日はマネーに関するネタを取りあげます。


 編集作業の実況は、著者からの原稿が入ったら再開しますので、しばらくお待ちくだされ。


 同誌をながめていると、「マネー」や「株投資」「金融」などといった文字が、ほぼ毎号にわたり踊っています。そういった文字群に、私がまったく興味がないからなのかもしれませんが、どうしても「そんなに毎号、カネのネタを書いて、読む人がいるのかなあ」などと思ってしまいます。


 おそらく、読む人がいるのでしょう。まあ、資本主義だし、株主が投資しなければ企業は存続できないことが多いのでしょうし、できるだけカネを儲けて豊か(に思える)な生活を送りたいのでしょうし……。でも、雑誌などでマネー記事を目にするたび、ちょっと違うんじゃないのかなあと思ったりもします。


 株式投資や仕手というのは、いまやディスプレイのうえで数字を動かすことによって、得したり損したりするシステムですよね。現金が動きません。支払にしか使わないけれど、クレジットカードも似たようなものだといえます。現金を持っていないのに、誰かが立て替えてくれることにより、モノが買えてしまいます。


 いずれも架空のお金が基準となっている、という点が、どうも私には気になって仕方がありません。なんだか中学生みたいな議論ですが。


 ちなみに私は、株に手を出したこともないし、クレジットカードをつくったこともありません。前者については、別にトレーダーなど株に関わる職種の人を馬鹿にしているわけではありませんが、ディスプレー上での数字いじりで架空のカネを操作することに、まったく興味はないし、そんなふうにカネを儲けたいとも思いません。


 後者については、カネを持っていないのにモノが買えてしまうという不自然なシステムに、強い違和感があるので、つくっていません。企業は、生産したものを消費してもらい、その利潤で働いている人にカネを払います。よって、人びとの消費欲求がなければ企業も存続しないし、給料もない。ですから、モノを買うという欲求を持つのは、社会がまわるために必要なことだともいえます。


 でもね、実際にカネを持っていないのに、モノを買う(または買えてしまう)のって、どうなのでしょうか。買う方にも責任があるし、買わせるようなシステムをつくるほうにも責任があるとは思うのですが。株の場合だと、大量の人のカネをディスプレーの数字に置き換え、それを操作しているわけですよね。そういうことをつづけていると、ある種の感覚がズレてしまうような気がするのですが。


 そんなことを考えるようになったのは、やはりカンボジアで生活したからでした。あらゆる公有地が私有地になっていくという現象が、社会主義から資本主義に移行する際に多発しました。それを目の当たりにすると、「土地を持っている、ということは、歴史をさかのぼっていくと、なぜ持っているのかという根拠がないのかもしれない」などと妄想します。カンボジアには金融市場などありません。数少ない銀行は、外国人(それも私のようなちっぽけな日本人)にはカネなど貸してくれませんし、そもそも貸すカネもありません。だから、いつも現金勝負です。売上金を預けた銀行は、内戦が起これば早ばやと閉鎖してしまいます。


 日本にいると、大銀行や大手証券会社、信販会社を過剰に信用している人が多い(最近は、そうでもないのかな!?)ように見えるけど、そんなに信用しちゃっていいのかなあ、と思います。銀行に預けたカネも、ディスプレー上の数字としてのカネも、誰かが立て替えてくるカネも、天災や人災、事件、事故、紛争などでシステムが壊れてしまえば、いとも簡単に「無」となってしまうんですよね。最近、話題になっていますが、クレジットカードなど、つかっていなくても誰かに勝手に使われて、損をする場合もあります。


 「所詮、金融機関なんて、あまり信用できない」という前提で、リスクがあったらかぶる覚悟をしたうえで、貯金をしたり投資をしたりするのなら問題ありません。しかし私には、そういうリスクを極力見せずに、人びとが架空のカネをどんどん使うべく、マネーがらみの企業とマスコミが結託して、キャンペーンをやっているようにも見えます。


 海外で生活していて、クレジットカードを持っていないと、面倒なことがけっこうあります。ホテルにチェックインするとき、カードがあれば、それが保証になりますが、なければ現金でデポジット(前渡し)を払ったりします。手持ちがないときにたいせつな接待があった場合、カードを持っていれば、とりあえず支払が可能になります。使い方によっては、たいへん便利なものなのかもしれません。


 それでも私は、クレジットカードをつくるつもりはありません。持っているカネで、買えるだけのモノを買えればいいし、それで何にも困っていませんので。当然ながら、何を買っても困らないくらいカネを持っているのではなく、あまりカネはないけど、あまり欲しいモノもない、ということです。


 カードを持つのも株式投資をするのも自由です。しかしながら、それを利用する人たちに、脆弱な信頼関係のもと、何かあったらふっとんでしまうような架空のカネをイジっているという意識が、あるのかどうかが気になります。とりあえず、『SPA!』で毎回とりあげられているようなマネーゲームを、どれだけの人がほんとうにやっているのかも気になります。さらに『SPA!』を読んで、マネーゲームをやって、ほんとうに儲かっている人がいるのかどうかも気になります。


 今回は「中学生の素朴な疑問コーナー」のようになってしまいました。


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2005年6月22日 (水)



 諸般の事情で作業が遅れております。申し訳ありません。


 現状では、7月25日には発売する予定です。とはいえ、すこし遅れてしまうかもしれません。


 遅れている最大の理由は、おふたりが大幅に加筆していることです。北田さんが本書の「まえがき」で触れているように、(北田さんは)ほとんど原型をとどめないくらい加筆しているので、トークに参加した方にも、あらたに楽しんでもらえる内容になっています。


 おかげさまで事前注文は5000部に迫る勢いです。初版部数は5500部にします。


 発売まで、しばらくお待ちください。


追記… アマゾンドットコムの著者別「売れている順」で、宮台さんも北田さんも『限界の思考』がトップになっています。まだ本が出ていないのに、予約をしていただいている読者のみなさんに感謝。期待に応えなければ……。


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2005年6月22日 (水)



 本日、青山ブックセンターのKさんや企画室の方がたと、現場を見ながら打ち合わせをしてきました。


 ウイメンズプラザでイベントをやるのは、はじめてです。ホールは円形で、設備は充実。とても機能的なつくりです。最大270人くらい座れるとのこと。すくなくとも200人は集めたいと思っています。


 このブログに来ていただいた方がたも、ぜひぜひご参加ください。


 7月21日(木)の18時30分開場で、入場料は1000円。テーマは「恋愛」です。


 詳細は、以下にアクセスを! 


 http://www.aoyamabc.co.jp/events.html#ao20050721_1


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2005年6月22日 (水)



 なんとか参加しつづけています。数回前から、ちらほらと社会人参加者の姿が消え、今日はほとんどいなかったのでは? みなさん、忙しいのでしょうね。


 今回は、前半が前回のつづき(松本健一著『竹内好「日本のアジア主義」精読』)でした。松本さんが、竹内好の議論をどう読んでいるのか、という部分の検討です。


 後半は、表題の竹山本のレジュメ発表。「北一輝と生存空間の転換」の第一章から第三章まで。この本は、北一輝の政治思想ではなく、おもに北の実在的な生き様を心理学的に分析し、人間・北一輝の実像を浮かびあがらせるような内容です。文章がひじょうに難解で、典型的な「読むのに時間がかかる本」だといえます。


 宮台さんの発言で興味深かったのは、EUの話でした。


 EUといっても、イギリスのように流動化を認めることにより伝統を守ろうとする社会と、フランスのように流動化を認めないで伝統を守ろうとする社会がある。EU全体としてはイギリス型社会への方向性を模索している。しかし、フランスのように議会の90%が賛成しているEU憲法の採択が、国民投票で否決される、すなわちヨーロッパ全体の利益よりも流動化による失業率の上昇が重視される国もある。現代における亜細亜主義は、EUをお手本にすべきだとは思うが、そのEUが機能不全になるようならば、おそらく東アジアにおける亜細亜主義の実現も厳しいものとなろう。


 強引な要約で、すいません。


 関連記事 : 「会談で決裂したEUの未来」(『ニューズウィーク日本版』6/29号)



北一輝の研究―竹山護夫著作集〈第1巻〉

北一輝の研究―竹山護夫著作集〈第1巻〉





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2005年6月21日 (火)



 今日は火曜日。さきほど「週刊SPA!」が届きました。


 じり貧だった旧「週刊サンケイ」から決死のリニューアルを遂げ、「マネー」「恋愛」「遊び」を柱にした企画でそれなりの部数を発行している雑誌です。


 一応、週刊誌のなかでは、サブカルチャー関連の記事が多い同誌に目を通しておけば、「若者文化」なるものをすこしは理解できるのかなあ、と思って読んだりしています。


 とはいえ、このところ読みたくなる記事が、どんどん減っています。いまや必ず読むのは、くらたまの「だめんず・うぉ~か~」とさかもと未明の「ニッポンの未明」、松尾スズキの「寝言サイズの断末魔」くらいでしょうか。


 巻頭コラムで「売れっ子」コラムニストの勝谷誠彦さんが、「我こそはニッポンの代表者ナリ」といわんばかりの空回りした文章を書いています。きっと同じように空回りしている人が多くいるから、このコラムが「巻頭」に配置されているのだろうなあ、などと思いながら同コラムを流し読みします。


 ウザい。今回は、青学の高等部が入試問題で出した英文に関することを書いています。英文には、元ひめゆり学徒の証言を学生が聞いたときの感想について書かれているのですが、ここではくわしく書かきません。詳細は同誌6/28号を読んでいただければと思います。


 で、何がウザいのかというと、彼の「私はいつも平和を構築するにはリアルな戦争の感触を知らねばならないと言ってきた。リアルな感触とは歴史的な事実や遺物に接して本人が肌で感じる恐怖である。それは個人の感性のフィルターを通して語られるものとはまた別なのだ」という大上段な物言いがウザい。


 誌面で読んだ限りでは、勝谷さんはイラクにいったり、竹島にいったりと、ニュースになる場所へ「体験取材」にいっているようですね。たしかに、ネタが何であれ、ジャーナリストは現場にいったほうがいいのは認めます。「リアルな感触」があって書く記事と、なくて書く記事とは、説得力が変わってきます。


 自分の「リアルな感触」を担保にして、平和論を語るのはいい。けれど、それを人に押しつけるのはどうなのでしょうか。私など勝谷さんなどよりもよっぽど、カンボジアで長期にわたり「リアルな戦争の感触」を味わったのですが、その感触を他者に「知らねばならない」などと押しつける気はありませんし、そんな必要性も感じません。


 「リアルな戦争の感触」を知ることのできる、すなわち戦地や紛争地に足を伸ばす日本人など、今後も増えることなどありません。ならば読者に「リアルな感触」を持てなどと強要することに、どんな意味があるのでしょうか。


 もし彼がジャーナリストなのであれば、そんなに熱くならず、あまり価値をまじえない乾いた文章によって、自分が見聞きしたことや感じたことを淡々と、読者に知らせればいいんじゃないのかなあ。そして、紛争地にいかない読者たちは、その乾いた文章を読んで、「リアルな感触」を想像すればいいと思うのですが。


 自分の「リアルな戦争の感触」を開陳しつつ、議論をすすめる彼のコラムを読んでいると、なんだかむなしくなります。そんな彼の噴きあがった文章を、「二項対立で敵と味方がはっきりしており、極端なことをいっているので面白い」と読者が感じているのであれば、それは宮台さんがいうところの「民度」の問題になってきてしまいますね。


 いずれにしても、たまたま自分が経験した「リアルな戦争の感触」を元手に、「日本の戦後平和教育の最大の失敗は歴史を物語にしてしまったことにある」と彼はいいきってしまいます。それは、どうかなあ? とりあえず、「リアルな戦争の感触」を持つ読者としての私には、何の説得力もありません。


 やはりテレビでコメンテーターなどをして、知名度があがると、週刊誌の巻頭で何をいってもいいよって話になるんですかね。ちなみに、テレビに出演しはじめた活字系ジャーナリストで、テレビ出演前より出演後のほうがいい文章を書いたり、いい仕事をしているような人を、私は知りません。


 カネは人を変えてしまうのでしょうか!?


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2005年6月20日 (月)



 藤原和博さんと宮台真司さんが編集した『人生の教科書 [よのなかのルール]』が文庫になりましたね。


 「宮台真司って、何か軽い感じで嫌だ」とか「援交だテレクラだといっている学者なんて……」という声を、先日も聞きました。宮台さんについて、そういう評価をしたり、思ったりしている人は、けっして少なくないような気がします。


 そういう人は、おそらく宮台さんの本など読んでいないか、読んでも咀嚼できていないのだと思います。つまり、誤解や誤読にもとづいて、軽がると宮台批判を展開しているように、私には見えます。


 まず、そんな人たちに、この本を読んでもらいたいものです。なぜ宮台さんが発言し続け、書き続けているのかが、すこしわかるかもしれません。


 つぎに、研究室ではふんぞりかえり、学生に「指導」などしているものの、ろくに論文も書かず、みずからの研究成果を社会に還元していない大学の学者さんたちに、この本を読んでもらいたい。宮台さんと同じことをしてください、といいたいのではありません。リタイアした建具職人さんが、住宅リフォームのNPOでみずからの技術を活かすことにより、地域社会に貢献するように、長年の研究で学んできた成果を、よのなかのために活かしてほしいのです。


 実務や研究で忙しい人(そんなに多くはない)を除けば、学者さんたちには時間もカネも機会もあるでしょう。「できるのに、やらない」だけなんですよね、おそらく。分野によっては、社会還元しにくい学問もあろうかと思います。それは仕方がない。とはいえ、分野によっては、明日からでも社会還元が可能な学問も多々あるわけです。


 大学で教え、「何かできないかなあ」と思いながらも、みずからの実績に自信がないため、よのなかに貢献することを躊躇している学者も多いことでしょう。たしかに、持論をよのなかに出すとなれば、しっかりと理論武装する必要も生じます。でも、その持論は、よのなかで揉まれ、洗われなければ、数十人しか読まないような大学紀要のなかに埋もれてしまいます。「俺は、それでもいいんだ」なんて悲しいことは、できればいわないでほしいなあ。


 同書を読んで、「自分にも何かできるのかなあ」なんて思う学者さんがあらわれることを、ついつい私は期待してしまいます。微力ながら、そういう学者さんの意志を、ある程度はすくいとれる受け皿のようなものを、私は準備できればと考えています(夢で終わらぬよう、精進しなければ……)。



人生の教科書 よのなかのルール

人生の教科書 よのなかのルール





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2005年6月20日 (月)



MakisiさんからMusical Buttonが回ってきました。


はてなダイアリーをつけて47日目のわたくしには、バトンを回すべき方がたの名が、残念ながら浮かびませぬ……。


ですから、「バトンをわたす5名」という部分を後回しにするという、掟破りの逆サソリ(by 長州力)で、書かせていただくことにします。



■コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量


3.86GB


■いま聞いている曲


Couldn't I Just Tell You (Todd Rundgren)


いま聞いていなかったので、iTuneでシャッフルして、はじめに出てきた曲です。


■最後に買ったCD


フリーソウル(和田アキ子)


■よく聞く、または特別な思い入れのある5曲


<アーティスト、「曲名」、(アルバム)の順に記します>


ジョニー,ルイス&チャー「風に吹かれてみませんか」(FREE SPIRIT)


1979年に日比谷野音でおこなわれた無料コンサートのなかの1曲。日本ロックギター界の雄であるCHARさんは、ときどき社会風刺のような曲をつくっていました。日本人よ、そんなに急ぐな、「誰もあんたを、殺しゃしないから」っていう歌です。


サンボマスター「朝」(新しき日本語ロックの道と光)


サンボだと、この曲が一番好きです。一昨年9月に紀伊國屋ホールでやった宮台さんと姜さんのトークでは、入場のときにこの曲を使いました。トークのエンディングでは、エンケンの「不滅の男」を流しました。


ティン・パン・アレー「SHI IS GONE」(キャラメルママ)


オリジナルメンバーが、細野晴臣と鈴木茂、林立夫、松任谷正隆。サポートメンバーとして、後藤次利や今井裕、高中正義、斎藤ノブ、山下達郎、大貫妙子、矢野顕子、南佳孝らが参加している、超贅沢なアルバムのなかの1曲。


クレイジー・ケン・バンド「横顔」(777)


10年くらい横浜で暮らしていましたが、CBKのライブによくいきました。こんなに売れるとは思っていませんでした。剣さんは、本物のエンターテイナーです。いまだに70年代ソウルを、そのまんまでやっている心意気がすばらしい。この曲、好きです。


カシオペア「TAKE ME」(MINT JAMS)


ギター小僧だった高校時代に、このアルバムをすりきれるくらい聞きました。黄金期のメンバーによる、最高の演奏です。なかでもトップのこの曲がお気に入り。フュージョンなるものが日本で大衆化したのは、彼らの功績が大きいのでは。


■バトンを渡す5名


保留。


 というわけで、バトンタッチは保留にします。ごめんなさい。「よく聞く曲」は、洋楽を含めると選曲に悩みそうなので、邦楽だけにしてみました。


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2005年6月18日 (土)



 昨日、仲正さんの新刊『なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論』(晶文社)を買いました。内容の吟味は専門家にまかせます。かなり面白いので、みなさん買いましょう。さまざまな場面で「話」が通じなくなっていることを、みずからの体験や経験にもとづく具体例を元に、仲正節で語っています。専門書ではないので、サクサク読めます。


 思い起こせば、仲正さんと私との出会いは、2003年12月末に三省堂書店神田本店でおこなわれた『情況』主催のトークイベントでのことでした。


 同年11月に、『帝国を考える』(双風舎刊)でお世話になった的場昭弘さんの研究室を、写真撮影のために訪れました。そこで「仲正くんという面白い人がいるんだよ。頭はきれるし、仕事も早い」といいながら、的場さんは書棚から『「不自由」論』(ちくま新書)を取り出して、私に手渡したのです。まったく失礼な話ですが、その時点まで私は仲正さんの存在を知りませんでした。


 すぐに同書や他の著書を数点ほど購入し、一気に読んだところ、確かに面白い。現代思想関連の理論的な考察もさることながら、エッセイ風の文章に、これまで読んだことのないタイプの何かを感じました。


 仲正さんの存在を知ってから1カ月後のトークイベントの日、「宮台さんとの対談をおこない、それを本にしませんか」という内容の手紙を、ご本人に手渡しました。イベントのテーマが亜細亜主義だったので、ちょうど宮台さんも参加していました。その数日後、仲正さんからメールをいただき、対談本の企画について快諾をいただきました。


 それ以来、だいたい2カ月に一度は、仲正さんと食事をしたりお茶を飲みながら、イベントの話や企画の相談をしています。仲正さんが深く関わる「人体実験裁判」を傍聴するため、金沢を訪ねたりもしました。


 私との年齢差は、わずか1歳。ほぼ同年代です。とはいえ、お互いの生き様はぜんぜん違います。統一教会での宗教経験については、ときどきご自身で語っていますが、その他の部分でも興味深い生き方をしてきた仲正さんの「人物像」に、私はたいへん興味を持ちました。


 仲正さんの人柄については、『日常・共同体・アイロニー』(双風舎刊)の「あとがき」で宮台さんが、かなり的確に記しています。興味のある方は、ご一読を。


 想像を超えた知識の量に裏打ちされた仲正さんの発言には、ときどき畏怖を感じたりします。しかしユーモアもけっして忘れない。まさに敵なし。敵にしたらこわいが、見方にすれば心強い。


 ここまで読んだ方は、「仲正さんって、敵なしで強そうな(コワそうな!?)人だ」と思われるかもしれませんが、ご本人と接してみると、語り口のウラに垣間見られるやさしさを強く感じたりします。


 ずっと一緒に仕事をしていきたい著者であり、一杯やりながら与太話をしたい友人。それが私にとっての仲正さんです。


 年内には、サクサク読める仲正節炸裂の現代思想本を、弊社から刊行します。



なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論

なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論





追記… なぜか書影の写真はないし、新刊なのに品切れになっています。どうしてだろう? (6月19日に、品切れではなくなりました)


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2005年6月17日 (金)



 昨日、カンボジアのシエムレアップ(アンコール・ワットのある町)で、監禁事件があったようですね。テレビで「カンボジア」のネタを見聞きするのは久々だったので、ちょっと驚きました。そして、ニュースを見ていて、日本人がからんでいるから、カンボジアのネタであっても報道していることがわかりました。


 前から不思議かつ違和感を感じていたのですが、海外で飛行機が落ちたり、大きな災害があったり、事故があったりすると、ニュースでかならず「日本人は含まれていませんでした」とか「日本人の何人が亡くなりました」とか伝えますよね。それって、どういう意味があるのでしょうか。


 逆に、日本人がからんでいないと、けっこう大きな事件や事故が海外で発生しても、報道されなかったりする。極端にいってみると、日本人がらみの小さな事故と、国際的には重要である大きな事故が発生した場合、日本の報道だと前者を優先して報道することが多いですよね。


 これだけ日本の社会が成熟して、人の流動化が激しくなり、自己責任で海外に出る人が多くなっている時代に、いまだ報道が「日本人が……」をかなり重視しているのは、なぜなのでしょうか。「だって、俺たち日本人じゃん。だから日本人の動向が知りたいじゃん」ということなのかなぁ。まあ、知りたい人がたくさんいるから、報道されるわけですが……。


 カンボジアで番組協力していたときに痛感したのは、制作側がいかに「日本人がらみ」のものを求めているか、でした。そんな提案が出されるたびに、「カンボジアで日本人を取材してもつまらないので、カンボジア人を対象にしましょうよ」と、私は皮肉をこめていいました。


 うまく表現できませんが、とにかく「日本人が……」報道には違和感があるんですよね。


 


 以上、またまたどうでもいい話でした。


 原稿が届いたら、編集作業の実況を再開します。



追記… ここまで書いてから朝刊を読みました。すると誌面に、知人のFさんとカンボジア人妻の名前があった。娘さんがインターナショナルスクールにかよっていて、お子さんは運よく脱出できたとのこと。


 私はカンボジア滞在中、上智大学のアンコール遺跡調査団で社会調査を担当していました。建築の専門家であるFさんと私は、灼熱の日差しの元、現地で苦楽をともにしました。そんな彼の子どもが事件に巻き込まれていたなんて……。


 「日本人が……」ということではなく、個別具体的に知人が事件に巻き込まれていたのがショックでした。とはいえ、新聞を読まなければ、そのことがわからなかったわけですよね。わかったから、何ができるわけでもありませんが。


 電話くらい、してみようかなあ。


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2005年6月17日 (金)



 マツケン・ヒトシくん問題で、いくつかコメントをいただきました。応答は長くなりそうなので、日記で書くことにしました。


 彼らが出る番組をすべてチェックしているわけではないので、「いつからやっている」という点でご教示いただいたことには、感謝いたします。とはいえ、私はそのようなことを問題にはしておりません。「いつから」とか「どの番組」というのではなく、彼らがエンターテイナーとして、それぞれ本流(と思われる)の仕事(役割)以外の部分、それもギャグ的な部分に、なぜかかわるようになったのか、という点が気になるのです。


 以前に書きましたが、結局テレビなんて、観る側の欲求から逆算して番組をつくっているわけです。そして「製作側のネタ枯渇」が発生すれば、観る側にウケて、かつ変化のあるネタを提供せざるをえなくなります。それで、意外なことをやり、意外な人物を起用しよう、ということになるのでしょうね。そして、ヒトシくんに「草野ランドに出演していただけますか」というオファーがいきます。


 ここまでは「製作側のネタ枯渇」とクールに見ることができますが、ここから先の出演するかどうかという部分は、ネタ枯渇では説明できないような気がします。それは、昨日も書きましたが、マツケンやヒトシくんレベルの芸能人であれば、「ネタ切れだから、出てください」といわれても、嫌だと思えば断ることができると思われるからです。つまり、ふたりに関しては、製作側や観る側の論理とは関係なく、単純に「面白そうだから、出よう」と考えているように、私には見えたりします。さらに、「これまで築いたイメージはあるけど、そんなのもういいや」という姿勢も見受けられます。


 昨日は「壊れる」という言葉をつかいましたが、ようするに「そんなのもういいや」という人に、どうも私は惹かれてしまうのです。そういう人に、アイロニーを感じてしまう。テレビでは、ふたりはあえて壊れているのだが、観る側にはベタに壊れているように見える。その観る側のベタさを外側から眺めつつ、壊れた振る舞いをつづけていく。面白いじゃ、ありませんか。


 こうして私が惹かれるタイプの人物があきらかになってしまったわけですが、そのことは、双風舎の執筆陣を見ていただいても、すこしわかっていただけるような気がします(「俺は(私は)そうじゃねぇよ、バカヤロー」といわれてしまうかもしれませんが、あえていいましょう)。


 というわけで、マツケンとヒトシくんという愛すべき人たちをテーマに、日記を書いてみた次第です。他意はありませんので、あしからず。


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2005年6月16日 (木)



 会計の方が今日の午前中にくるので、徹夜で伝票整理でした。といっても、5月分の領収書の明細や現金の出入りを現金出納帳に記入し、郵便振替の受払通知書を整理し、請求書をまとめれるだけの作業。それ以降の作業は、会計事務所にお願いしています。


 それくらい自分でやれよ、と思う人もいるでしょう。たしかに自分でもできる範囲の作業ではある。とはいえ、決算のことなどを考えれば、月極でお金を払ってでも、経理は会計事務所に依頼すべきでしょう。なにしろ、ひとり出版社なのですから、自分でできることの範囲を見極め、人に頼むべきものは頼まないと、企画を思案する時間もとれなくなりますから。


 さて、壊れる芸能人。


 何をもって「壊れる」と定義するのでしょう。人それぞれ定義はあるのでしょうが、「何かの拍子に、そんなことをする必要はないのに、これまで長年つづけていた路線以外のことをはじめた人」か、「借金まみれになって、なんでもかんでも仕事を引き受けないと、たちいかなくなった人」を指すことにしましょう。


 何でこんなことを書いているのかというと、最近のマツケンこと松平健とヒトシくんこと草野仁の壊れ方が、尋常ではないような気がするからです。はっきりいって、どうでもいいことなのですが、書かずにはいられない何かが、このふたりにはあります。


 前者の壊れ方をしている芸能人は、民放の通販番組(とりわけテレビ東京)や通販専用チャンネルに出演する人のラインアップで、一目瞭然ですね。つけくわえれば、在籍していたプロダクションから、いきなりヤクザがらみのプロダクションに移籍した人なども、わかりやすい例となります。あるプロダクションなどは、「借金を肩代わりするから、ウチに来てください」というかたちで、大物芸能人をたくさんゲットしたりしています。


 マツケンとヒトシくんの壊れ方は、前者だといえましょう。


 まずマツケン。彼が昨年から、「マツケンサンバ Ⅱ」(以下、サンバ)で大ブレークしているのは、だれもがご存知でしょう。マツケンが舞台のフィナーレでサンバをやっていることは、テレビ朝日の夕方のニュースにより、かなり早い時期から知っていました。はじめて観たときには、腹を抱えて笑いました。そして「マツケン、何でもありなんだなあ」と面白がっていました。サンバのDVDは発売日に買い、すぐに子どもと一緒に踊ったりもしました。


 時代劇とサンバの融合は、おおいにけっこう。後楽園で「踊るコンサート」を開催するのは、かまいません。だがしかし……、『踊る! 親分探偵』は、ちょっとやりすぎなのではありませんか。6月10日にフジテレビで放映された同ドラマでマツケンは、橋健組の元組長で探偵という役割を演じています。元子分が殺人容疑で逮捕され、その子分の無実をはらすために探偵ごっこをして真相を究明する。


 ここまではいいですよ。問題は、事件解決のあとに、200人のエキストラと50人のダンサーとともに浅草公会堂の前でサンバを踊ってしまう、というエンディングです。ヤクザの親分が探偵になり、事件が解決したらサンバを踊る……。ストーリー的には破綻しているのに、視聴者はマツケンの踊りが観たいから、どうしても最後まで観てしまうではありませんか。ちなみに私は、途中から「タイガー&ドラゴン」を観たので、感動のファイナルは見られませんでした。


 ほとんどギャグといっていいドラマに、マツケンは出演してしまいました。いま再放送でやっている「暴れん坊将軍」や大河ドラマ「義経」に主役級で出ている役者が、なぜギャグドラマに出てしまうのか。このマツケンの壊れっぷりに、私は気持ちよさと「せつなさ」を感じました。マツケンは、このまま壊れ路線を邁進していくのでしょうか。


 一方の草野仁といえば、元NHKのアナウンサー。いまは日本テレビのワイドショー「ザ・ワイド」で、硬派な司会ぶりを発揮している方です。TBSの「世界ふしぎ発見」では、ヒトシくんなどと呼ばれたりもしています。そのヒトシくんが、どう考えても「壊れたのかなあ?」と思わざるをえない番組に出演しています。


 それはテレビ朝日の「草野ランド」という番組です。この番組のコンセプトを簡単にいうと、浅草キッドがヒトシくんをイジる、というものです。そのイジりっぷりが、すさまじい。相撲をやったり、ゴルゴ13の物まねをしたり、小学生のコスプレをしたり、杉本彩とSM小説を読んだり……。浅草キッドのイジり方は半端ではなく、「新しい芸風にトライしている」という説明では、ちょっと納得がいきません。観ているぶんには、とても面白く、楽しめるのですが、一方で痛さを感じてしまいます。ヒトシくんの壊れ方が、痛いのです。たしか先週号の「週刊文春」のコラムでも、ヒトシくんの壊れっぷりが紹介されていました。


 ふたりとも、カネに困っているわけではないと思われます。いまさら新しい芸風にトライする必然性も、まったくありません。にもかかわらず、ふたりは、なぜ前述のような企画への出演を引き受けたのか。欲しいモノはすべて手に入れたが、無味乾燥な日常に飽きて、超越を求めはじめたのでしょうか。私には、超越というよりも、「どうにでもなれ」という投げやりな雰囲気が、ふたりに漂っているように感じます。


 投げやりだからこそ、意外で面白いものができあがるのだともいえますね。面白い番組を観られることは、テレビマニアとしては嬉しいかぎりです。とはいえ、私はふたたび問い質したい。


 なぜ、ふたりは、前述のような企画を引き受けたのだろうか……。


 以上、出版には何の関わりもない、どうでもいい話でした。



マツケンサンバII

マツケンサンバII





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2005年6月15日 (水)




 「会社の話 19」で、編集作業がはじまると「時間がない」と書いた。にもかかわらず、私は連日、長文のブログを書いている。なぜ忙しいのに、ブログを書けるのか?


 時間は突然、やってくるからだ。


 著者にわたした(送った)原稿を、いかに早く戻してもらうのかが、編集者の手腕の見せどころだと記した。とはいえ、いくら著者からの原稿の戻りが遅れることを予想して作業計画を立ても、なおかつ遅れることがしばしばある。「まさか、ここまで遅れることはないであろう」などと思っていても、ここまで遅れることがある。


 仕方のないことだ。計画を立てているのは私であって、著者ではない。もちろん著者の事情をかんがみつつ、計画を立てるのだとはいえ、それはあくまでも私の論理である。著者には著者の事情がある。


 八方に手をつくして、連日連夜の催促をつづけ、それでも原稿が戻ってこないと、「このペースだと、数ヶ月後に資金ショートするかもしれんなあ」という不安と、「こんな計画を立てた自分がいけないんだ。著者に申し訳ない」という自己反省と、「刊行が遅れても、死ぬことはないだろう」という開き直りが入り交じった気持ちになる。


 臨界を超えたような気分、とでもいおうか。こうなると、予想外の時間の隙間ができる。時間が突然やってくるわけだ。『限界の思考』の場合、初版部数を確定するために、かなり早くから営業をやっていた。おかげさまで事前注文は4300~4500部、よって初版部数は5000部の線で固まりつつある。装丁などのデザインも、すでに固まっている。その他にも、1冊単位の発送や会計などの実務はあるが、そういう仕事はすぐに飽きる。


 こうして仕事とは関係のない時間がやってくる。自宅で仕事をしているのだから、暇をつぶすおもちゃは何でもそろっている。ギターを弾いたり、テレビやビデオを観たり、雑誌を読んだり、音楽を聴いたり、ブログを書いたりする。


 というわけで、不安と反省と開き直りが混ざった気分になりつつ、サンボマスターの曲を弾いて、「木更津キャッツアイ 日本シリーズ」を観て、このブログを書いている。


 自宅でひとり出版社をやる場合、ある程度の禁欲が必要となる。あまりにもおもちゃが手に取りやすいところにあるので、趣味に走って、仕事がすすまなくなるからである。


 でも、こういうときは、仕方がない。おもちゃで遊びながら、「はやく原稿、こないかなあ」と夢想する日々はつづく……。


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2005年6月14日 (火)



 新聞と出版がらみで、ネタをひとつ。現状で双風舎は新聞広告を出していない(出す資金もないし、必要性も感じない)ので、新聞広告料について書いちゃいましょう。


 新聞の1面下部にある3段8切り広告を、業界では「サンヤツ」と呼びます。出版社が新聞社(または広告代理店)に支払う広告料は、私が知る範囲では、朝日が100万円、読売が20~30万円、毎日が10~20万円といったところですか。


 お気づきでしょうが、不思議なのは朝日の100万円です。他紙は、掲載日の直前まで広告が入らないと、かなりダンピングしてくれますが、朝日はぜったいにしません。


 いまや新聞の書籍広告は、「私の会社、つぶれてませんよ」という出版社の存在証明であるとか、「経費が余ったので」という節税対策などと噂されることが多い。つまり、実質的な広告効果以外の部分の効果を期待して、出版社は新聞広告を打っているのが実情であるような気がします。


 どうなんでしょう? もちろんひとつでも多くの媒体に自社の本を掲載し、露出させ、本の存在を読者に気づかせることは、たいせつかつ重要なことでしょう。しかし、新聞に広告を載せたからといって、本は売れるのでしょうか。売れているのでしょうか。私自身、新聞で本を見かけて、本を買うようなことがほとんどないので、よくわかりません。


 仮に、新聞に広告を載せてもあまり効果がないのに、朝日がサンヤツ100万円をキープしているのは、なぜなのでしょうか。不思議ですね。どなかたご存知でしたら、ご教示いただきたいものです。


 前述しましたが、記者クラブ制度により、どの新聞の記事も画一化されています。リクルートで盛り上がって以来、目を引くような調査報道がありません。「ある記者の記事を読みたいから、この新聞を読む」といったスター記者や専門記者は不在。いや、いるのだろうけど表にでてこない。さらに、そういう記者を育てる気が、新聞社にもなさそうです。


 ようするに、いまやどの新聞も内容はたいして変わらないのに、どうして朝日のサンヤツは100万円なのだろう。


 「はてな」で質問してみようかなあ……。


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2005年6月14日 (火)



 本日付の読売新聞27面に、4月に谷根千でおこなわれた「一箱古本市」に関する記事が、かなり大きく掲載されていました。


 見出しのみ取りあげると、「楽しい“古本屋ごっこ”」「素人がイベント」「ネット普及で根付け簡単」といった感じ。当日の様子や南陀楼綾繁さんのコメントなどもあります。


 記事の最後に、「本の世界では、『読むこと』だけにとどまらない楽しみもたくさん見つかりそうだ」とあるが、まったくそのとおりだと思います。


 本とイベントを連動することにより、「こんな本、でていたのか」という未知の本への気づきが生まれます。「こんな著者、いたのか」という未知の著者への気づきもあります。さらには「こうやって売るのか、売れるのか」など、イベントにより、売る側のみならず買う側にも作る側にも、さまざまな気づきを与えてくれますよね。


 気づくことって、楽しいじゃありませんか。とりわけ忙しい日常を送っている人ほど、ちょっとした気づきに胸が弾むことでしょう。私が著者と書店でイベントをやる大きな理由も、このへんにあったりします。


 それにしても、読売新聞の生活面と国際面は、よく取材しているし、興味深い内容の記事が多い。昔は朝日的なものにカブレていましたが、カンボジアで各紙の記者に会い、海外の新聞を読んでいるうちに、記者クラブ制度に支えられている日本の大新聞の論調は、けっきょくどこも変わらないということに「気づき」ました。


 産経が弾けているようですが、論調が好きではない。ほかの大新聞は、記事の内容がほとんど変わらない。もっとも読むのはテレビ番組表なので、あとは生活面と国際面を比較して、他紙よりも充実している新聞をとろう……。そういうことで、読売新聞を購読しています。ときおり読売版憲法改正案などというギャグ記事が掲載されて、けっこう楽しめますし。


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2005年6月14日 (火)



 クドカンこと宮藤官九郎が脚本を担当したドラマ、「木更津キャッツアイ」をDVDで観ました。「池袋ウエストゲートパーク」にはかなわないものの、「野球好きの仲間=泥棒」という物語の奇抜さと、ドラマ1回分を野球にならって表裏に分ける斬新な構成により、全編、飽きずに観ることができました。


 DVDの5巻には、クドカンのインタビューが収録されているのですが、これが面白い!


 基本的には、「誕生秘話」のような企画に関するものや、キャラを演じた役者の印象、印象に残るシーンの解説など、いわゆる「楽屋落ち」を語ります。それだけでも「ああ、そうだったのか」と思いながら、膝をポンとたたくわけですが、何よりもクドカンのネタかベタかわからないような語り口がいい。


 ちなみに、ドラマ1回分を表裏に分けるとは、こういうことです。物語の構成を、メインとなる本編=表と、本編の裏で起きていたことを振り返る副編=裏に分ける。副編とは、本編では一瞬しか写らなかったシーンや人物を取りあげるわけです。本編の終わりのシーンから映像を速まわしで巻き戻して(実際にビデオを速まわしで巻き戻すような映像が流れる!)、本編の特定のシーンを起点に、まったく別の人物の行動を追うことにより、本編の謎解きをします。


 一般のドラマは、一定の時間軸を元に、物語が進行していきます。そうしないと、観ている人が混乱しますからね。ところが、クドカンはそれを無視した。1話のなかで、同じ時間軸を2回、シーンと人物を変えて繰り返すのです。


 で、そのことを語るクドカンの表情が、笑ったり曇ったりします。斬新な構成が、プロデューサーとの雑談のなかで生まれること。はじめは船橋あたりで撮影しようと思っていたが、市街地なので困難だということで、かなり適当なノリで木更津が選ばれたこと。その木更津にクドカンは、2話が放映されるくらいまでいったことがなかったこと。いかに飽きずに観てもらうかを絶えず考えていたこと。いつも脚本の分量が多かったが、とりあえずすべてのシーンを撮影したあと、カットして尺をまとめたこと……。そんなこんなが語られます。


 たしかにカット数は多いですね。「池袋」も多かった。カット数が多いということは、情報量が多いということで、それだけ役者やスタッフはたくさん働いているわけで……。


 インタビューでのクドカンの表情からは、そんな制作者の産みの喜びと子育ての苦悩が、ひしひしと伝わってきます。容姿や発言からは、「軽い」人だと思われがちですが、「それはちょっと違うよ」と思わせるインタビューでした。


 いろいろ考えながらドラマを観ていると、けっこう楽しめます。とはいえ「木更津キャッツアイ」は、余計なことを考えなくても面白いドラマです。


 ぜひご覧になってください!


 さて、これから日本シリーズを観るぞー。


p.s. ちなみに、読売新聞本日付夕刊のテレビ時評にも、クドカンの記事が掲載されていました。




木更津キャッツアイ 5巻BOX

木更津キャッツアイ 5巻BOX