双風亭日乗

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2005年7月26日 (火)

打ち合わせ



 昨日、『不登校は終わらない』の著者である貴戸理恵さんにお会いして、企画の相談をしました。同書の内容について、東京シューレと一悶着あったのは、みなさんもご存知だと思います。


 私が以前、代表をやっていたK社は、登校拒否や不登校の「業界」ではなかなか有名な版元でした。1989年あたり(私がカンボジアへいくまえに、K社へ入社したころです)から、いちはやく奥地圭子著『登校拒否は病気じゃない』などを出していました。


 私自身、不登校やいじめ、引きこもりだけでなく、それらを取り巻く学校やフリースクール、NPO、そして家庭といった組織の実態にも興味があります。そんなわけで、『いじめの社会理論』の著者である内藤朝雄さんと貴戸さんとで、何か企画ができないかなあと模索しているところでした。


 貴戸さんと内藤さんに快諾いただけたので、上記で書いたようなテーマを中心に、10月あたりから連続トークを実施する予定です。詳細は、決まり次第、お知らせいたします。


 どんな組織であれ、長年つづけていると、よほどリフレッシュすることに気をつけないかぎり、疲弊してくるんですよね。発足当初は、新鮮で、活気があり、新しい息吹を社会に吹きこんでいても、だんだんとマンネリ化して、固定化してしまいます。とりわけ中心人物がかわらなかったり、へたに権威になってしまったりすると、「これは宗教なのか」と思えるようなものに変貌してしまうこともあります。


 純粋にいいことをやっていると思いこみ、その思いを他人に押しつけた場合、押しつけられた側が救われればいいのですが、押しつけられて「いやだな」と思われてしまった瞬間に、その「いいこと」は「暴力」に変わってしまいます。こうした「いいことの押しつけ的暴力」が、組織的におこなわれていると、ひじょうにたちが悪い。


 そんな私の問題意識をくみ取っていただきつつ、貴戸と内藤さんに議論してもらえればと思っています。ご期待ください。




不登校は終わらない―「選択」の物語から“当事者”の語りへ

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いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

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