双風亭日乗

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2005年12月30日 (金)



おかげさまで、大盛況でした。年末だというのに、足を運んでくれた聴衆のみなさん、そしてジュンク堂書店池袋本店のみなさん(とくにGさん!)、ありがとうございました。


終演後は、同店ちかくの居酒屋で一杯。宮台さんと内藤さんのほかにも、話を聴きにきてくれた藤井誠二さんや本田由紀さん、カメラマンの横須賀さんをまじえ、半分冗談で半分本気の話をする。その後、藤井さんと内藤さん、私とで二丁目のゲイバー。蕎麦屋。四時帰宅。楽しい忘年会になりました。


内藤さんがゲイバーで、「どんぐりころころ」と「きよしこのよる」を熱唱していたシーンの残像が、いまだ脳裏に焼き付いております。


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2005年12月28日 (水)




【はじめに】


『諸君!』2月号に仲正昌樹さんによる「『諸君!』に出て何が悪い――北田暁大に告ぐ」(以下、諸君論文という)という論文が掲載されました。


11月に実施した仲正さんと北田暁大さんによるトークのあとで、拙ブログや読者のブログ、webページなどで展開された議論、そして上記の仲正論文を読んでみた結果、これを機にして、以降のトークが中止になった経緯を、仲正さんと北田さん、そして次回のトークに参加を予定していたみなさんに、しっかりと説明しておくのがよいと思いました。


また、そうした経緯を振り返ったうえで、問題点については仲正さんと北田さん、そして参加を予定していたみなさんに、お詫びさせていただこうと思います。


最後に、北田さんの本意を、あくまでも私なりに解釈するという前提で、記してみようと思います。


【トーク中止の経緯】


(1) トークの前日に北田さんから連絡がありました。そこで北田さんは、嘆息まじりに「明日この話をしないわけにはいかない」と私に伝えました。この話とは、『諸君!』12月号の仲正さんと小谷野敦さん、そして八木秀次さん鼎談(以下、諸君鼎談という)のことです。さらに、トークのテーマを仲正さんの新刊『デリダの遺言』に関する北田さんの質問と仲正さんの回答を主題にして、副題的に諸君鼎談について触れようということになりました。その際、北田さんは、「明日行かない」とはいっておりません。諸君論文に「北田暁大から興奮した電話が……」とありますが、興奮していたのは私のほうであり、北田さんではありません。


(2) この時点で私は仲正さんに、トークの主題を「わかりやすいことは、いいことなのか」から「『デリダの遺言』に関する議論」に変更させていただきたいと伝え、了承してもらいました。くわえて、北田さんが諸君鼎談についてもトークで触れることを希望しており、『諸君!』に執筆したことではなく、「鼎談の内容の一部」に懸念を表明していることを、仲正さんに伝えました。


(3) おふたりとのメールと電話のやりとりから、トーク当日の時点で、私は「仲正×北田企画」の継続が困難であると、心の中で考えておりました。これ以上、おふたりの関係に溝をつくりたくないと(勝手に)考えた私は、仲正さんには早めに会場入りしていただき、今後の企画の話をすることにしました。そして、北田さんには開演時間ぎりぎりに来ていただくようにお願いしました。この時点で、書籍企画の継続は困難かもしれないが、あと一回やる予定のトークを実施するかどうかは、今回のトークの様子を見つつ、おふたりと相談しながら判断することにしておりました。


(4) トーク当日の状況から判断して、以降の継続はむずかしいと考えた私は、以降のトークは実施しない方針であることをおふたりに伝えました。北田さんには了承していただきましたが、仲正さんからは、次回のトークを予定していた12月11日に、たとえひとりであってもイベントを実現したいとの意向を聞きました。私も、中途半端なかたちでトークを終えると、聴衆に対するおふたりの印象も中途半端になってしまうことを懸念していました。そこで、当初は仲正×北田トークの予定であったが、仲正さんの単独トークになってもよいか、三省堂書店に問い合わせました。三省堂書店からは、トークイベントは基本的にふたりでおこなう方針なので、申し訳ないが12月分は中止にしてほしいとの回答がありました。


(5) 以上のようなやりとりをおふたりとしているあいだに、トークの内容に関連した不当な発言や憶測のみで書かれたような内容の文章が、ブログやwebページに掲載されるようになりました。とりわけ、仲正さんに対する直接的な中傷というよりも、林道義さんや八木さん、統一協会などを悪の絶対基準にしたうえで、そこからの距離で人の思想をはかろうとする態度については言語道断であると、私も強い憤りを感じていました。こうした状況を見かねた仲正さんは、ご自身の見解を拙ブログのコメント欄に書き込みました。


【反省点】


 まず、(1)の時点で、私が仲正さんに「北田さんが興奮した電話を私にかけてきた」というニュアンスで、話を伝えてしまったかもしれません。そのニュアンスは上記のとおり、事実とは異なります。よって、もし仲正さんに「北田さんが興奮していた」と私の話が伝わってしまった(もしくは、私がそう思わせるように話した)のであれば、北田さんの言葉を仲正さんにきちんと伝達できなかった私の責任は大きいといわざるを得ません。


 また、(2)の時点で、北田さんから企画継続を懸念する声を聞いた私は、そのショックの大きさゆえに、北田さんの言葉をすこし誇張したうえで、仲正さんに伝えてしまった可能性があります。さらに、(3)の時点でも、先に会場入りした仲正さんに対して、北田さんが「来るかどうか分かりませんよ」というようなことを、冗談めいた口調でいってしまったかもしれません。これも私の伝達ミスだと考えられます。


 くわえて、(4)の時点では、本の企画は降りるが、あと一回のトークはやろう、と北田さんはいっていました。たとえ本の企画が流れても、トークをやろうという意思を、仲正さんも持っていました。にもかかわらず、このまま継続してもプロ野球の消化試合のようなトークしかできないのではないかと判断した私は、トークを継続しない方向で調整をはじめてしまいました。


いま振り返ってみると、これがもっとも大きな判断ミスだと思います。北田さんは、トークを継続しようといっていたのですし、11月のトークが元となって、仲正さんが不当かつ見当違いな誤解をされてしまう状況をつくってしまったのですから、12月のトークを実施して、仲正さんが誤解をとき、不当な見解に反論できるような場を設定すべきでした。


【仲正さんと北田さんへのお詫び】


 トーク中止の経緯と、中止の手続きにおける反省点は、以上のとおりです。こうした流れのなかで、仲正さんの諸君論文が発表されました。反省点で示したとおり、こうした事態になったことの原因には、私の実務的なミスが大きなウエイトを占めていると思っております。


仲正さんと北田さんそれぞれの意向を、あいだに入った私がおふたりへ正確に伝達し、おふたりの考えを尊重して何ごとも調整していれば、仲正さんが諸君論文を書くような事態にはならず、それを読んだ北田さんが不快になる(のではないか、と私が思っている)ようなこともなかったのではないか、と強く反省しております。


以上のような経緯で、こうした混乱をまねいたことの責任を深く認識しつつ、今回の経緯を教訓にして、同じことを繰り返さぬように努めていこうと考えています。仲正さん、北田さん、私の実務的なミスが原因でご迷惑をかけてしまい、たいへん申し訳ありませんでした。


ちなみに、上記の経緯をお読みいただければわかると思いますが、トーク開始以前からトーク中止にいたる過程で、北田さんと私とが事前かつ独自に打ち合わせたという事実はありません。繰り返しますが、私の中途半端な判断が原因で、トークが中止となってしまったのです。


【聴衆のみなさんへのお詫び】


 以上のような経緯でトークが中止になったことは、次回の開催を期待されていた聴衆のみなさんに対して、たいへん失礼なことだと思っています。聴衆のみなさんには、貴重な時間を割いて、一定の料金を払ったり書籍を購入していただいたうえで、トークに参加していただいています。そして、聴衆のみなさんに来ていただけるからこそ、会場費や講師の車代などを支払うことができて、トークイベントとして成立させることができています。


にもかかわらず、上記のような実務的なミスが発端となり、予告していたトークの実現が不可能になってしまったことは、聴衆のみなさんに対する企画者側の裏切りといっても、いいすぎではありません。12月の仲正×北田トークを期待していた聴衆のみなさん、私の力不足で実現できず、ほんとうに申し訳ありませんでした。


【おわりに】


以上のような流れのなかで、仲正さんの諸君論文を読みました。仲正さんの見解については、そこに記されていますので、同誌でご確認いただければと思います。ここでは、おふたりのあいだに入ってトークの構成を考え、司会をつとめた者として、また北田さんの立場をそれなりに理解している者として、同論文を読んだうえで抱いた所感などを述べておこうと思います。


第一に、トークの最中もその前後も、北田さんは、仲正さんが『諸君!』に執筆したことそのものを批判していたのではない、というように私は感じていました。八木さんや小谷野さんと対談したこと自体にも、批判していませんでした。


トークの録音を聞き直してみましたが、北田さんが問題にしていたのは、なぜ仲正さんが八木さんの上野千鶴子さん「理解」をスルーするのか、また本当にその上野批判は正しいのか、ということでした。


つまり、仲正さんが「『諸君!』に出た」ことそのものを、北田さんが批判していたようには、私には感じられませんでした。これは私なりの理解ですが、「反フェミ陣営が勢いづいている現在、フェミニズムに造詣の深い仲正さんだからこそ、いうべきことはいってほしかった」というのが、北田さんの真意だと思われます。


第二に、これはトークとは関係のない楽屋情報ですが、北田さんは『諸君!』に掲載された一部の論文を、皮肉なく褒めていたこともあります。むしろ、私と話すときの北田さんは、『世界』などに掲載される論文のほうを、批判することが多かったように思えます。つまり、どの雑誌に掲載されたのかが問題なのではなく、個々の論文ごとに是々非々で評価し、批判しているというのが、北田さんの立場なのだと私は考えます。


たしかに、総体的には「右より」の雑誌のほうが元気がよく、また読者を魅了している事態への危機意識を、北田さんがもっているのは事実です。しかし、北田さんは、現在文春系の『文学界』での連載や文春新書の執筆を用意されていると聞いています。文藝春秋の『日本の論点』にも二年つづけて執筆されています。


以上のような実情からも、またご本人との対話からも、私には北田さんが、「右より」の雑誌に書いた人が「右」の人、すなわち「文春系に書いた=から=右翼」という単純な図式で考えるような方ではないと確信を持っております。


第三に、以上の二点から考えると、『諸君!』2月号に掲載された仲正さんの論文のタイトルは、いささか不当であるように思います。トークの最中もその前後も、仲正さんが『諸君!』に執筆したことを、北田さんは批判しておりません。繰り返しになりますが、八木さんの議論に仲正さんが話を合わせていたように読めた部分を、北田さんは批判していたのだと思います。


ようするに、北田さんは仲正さんに、『諸君!』に出たから悪いとはいっていないのに、「『諸君!』に出て何が悪い」というタイトルをつけるのは、ちょっとマズいのではないか、と私は思いました。仲正さんがこのタイトルを考案し、編集部がそのまま採用したのかもしれません。また、編集部が勝手につけたタイトルなのかもしれません。いずれにしても、これでは事実や論点と異なることをタイトルにつけられたうえで、名指しをされてしまった北田さんの立場がなくなってしまいます。


仲正さんが、トークの最中に「『諸君!』に出たことが悪い」という印象を持たれたのは、北田さんの発言ではなく、会場でのウケを狙った私による冗談めいた発言によるものだと思います。この私の発言については、安直で軽い発言をしてしまったと、いまさらながら強く反省しております。


私の真意は、どの媒体に執筆したとしても、それはどうでもいいことであり、仲正さんとの信頼関係は変わらないものだと思っています。また、北田さんの思いを代弁するつもりで、あのようなことをいったわけでもありません。いずれにしても、私の軽率な発言が、このような帰結をもたらしてしまったことに、重大な責任を感じております。


最後に、こうした事態をまねいてしまったことについて、もう一度、仲正さんと北田さんには深くお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。


【追記】


上記の弊社からのお知らせに対して、仲正さんよりコメントが寄せられました。以下、私の見解を含めたうえで記します。


第一は、北田さんがトークの際に、『諸君!』が「『論座』とか『世界』とくらべれば、はるかにに売れている雑誌なので」といったことや、八木さんが「来年、首相になっているかもしれない人のブレーン」といった発言をしている点です。あくまでも解釈の問題ですが、この発言により、仲正さんが、あたかも彼らと同じスタンスであるかのように勘違いされてしまう可能性は、あったかもしれません。以上の発言は、トークの録音を聞き直し、私が確認しました。


第二は、タイトルについては、『諸君!』編集部がつけたものであるとのことです。トークの際に、仲正さん個人が『諸君!』に出たことを、北田さんは問題にしているように思えたことから、あのようなタイトルにならざるをえなかった、と仲正さんはいっております。この点もトークの録音で確認しましたが、私自身は個々の発言を聞いた者がどう解釈するのか、という問題なのではないかと感じました。


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2005年12月27日 (火)



「週刊SPA!」1/3・10合併号に掲載されている「ニッポンの未明」(by さかもと未明)に、スワッピングの解説者として宮台さんが登場しています。次号にも登場するとのこと。さかもとさんが描いた宮台さんの姿が少女漫画タッチで、とてもウケます。


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2005年12月27日 (火)



2005年12月25日付の朝日新聞朝刊読書面は、「書評委員お薦め今年の3点」でした。そして、宮崎哲弥さんが3点のうちの1点として、『デリダの遺言』を選んでおります。


アマゾンでは同書の順位が一気に3万くらいあがり(どういう仕組みなんだろう?)、一部の書店でも再び売れているようです。


宮崎さん、ありがとうございました!


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2005年12月24日 (土)




拙ブログでも紹介した、「朝ズバッ!」と「報道ステーション」にメールを送ろうという動きですが、昨日、みなさんが送ったメールが実を結びました。


8月24日朝5時30分にはじまった「朝ズバッ!」は、冒頭でスタジオ一面に張り出された国会議員へのアンケート結果が映し出されました。


まず、石原都知事が「訴訟をやったら国が負ける」から特別立法で対処すべきだと発言したことや、伊藤公介議員と小島社長の関係などを報じられました。そのあと、8時前後からアンケートがらみのニュースがはじまります。報道された内容の概略は、以下のとおりです。


・アンケートの内容は「更なる証人喚問を通じた国会での真相究明が必要だと思いますか」。議員は「はい」か「いいえ」で答える。


・国会議員479人全員にアンケートを送り、回答は190通。うち167通が「はい」、10通が「いいえ」、9通が「不明」、4通が「未回答」。


・「いいえ」のうち、9通は自民党の議員で、1通は国民新党の綿貫議員。


・「朝ズバッ!」として証人喚問を望むのは、ヒューザーの小島社長と自民党の伊藤議員、総研の四ヶ所さんなど。


こうした動きを察知したのか、自民党と公明党は23日夜に小島社長の証人喚問を受けいれました。来年1月下旬の通常国会前にできれば、とのこと。


みのさんは、「今回のアンケート」と「23日の与党の証人喚問受けいれ」の動きをうけて、「私たちマスコミが、徹底的に主義・主張をとおしていくことにより、世論の代弁者にならなければいけない」とコメントしました。すばらしい!


いずれにしても、「きっこの日記」や馬淵事務所のアクションを契機にした動き、それもブログを中心にした動きが、みのさんや「朝ズバッ!」制作スタッフを動かし、与党が軌道修正せざるをえない状況をつくりだした、といえそうです。


馬淵議員は、日記で「ネットと、発信力の相乗効果。これからの世論形成に大きなインパクトを残すことになるだろう」といっております。


まぶちすみおの不易塾日記→http://www.election.ne.jp/10679/archives/0002263.html


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2005年12月22日 (木)



先日、拙ブログでお願いした「朝ズバッ!」と「報道ステーション」へのメール送信ですが、「きっこの日記」によると、すくなくとも8000通、場合によっては1万~2万通くらいが送信された模様。みなさんのご協力に深謝。


さらに、「朝ズバッ!」は、22日を回答期限とする国会議員へのアンケートを実施してくれたようです。23日にみのさんが何をいうのかが注目されます! みなさん、たまには早起きして「朝ズバッ!」を見ましょう!


ヒューザーの小島社長が、自分が証人喚問に出ると、国交省職員や国会議員のなかで困る人がいる、と発言したとのこと。ぜひ、イタチの最後っ屁をかましていただきたいところ。


「きっこの日記」の耐震偽造問題に関する追加情報は必読。


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2005年12月22日 (木)


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2005年12月21日 (水)



耐震偽造問題に関連する証人喚問が、当面は見送られることが、衆議院国土交通委員会で決まったらしい。



ヒューザー社長喚問、当面なし 与党「捜査見守る」


 耐震強度偽装問題で、衆院国土交通委員会は21日、マンションの建築主ヒューザーの小嶋進社長について、当面、証人喚問をしないことを決めた。「再発防止には事実解明が必要」という野党側と、20日に警視庁などが強制捜査に入ったことを受け「捜査を見守るべきだ」とする与党側が折り合わなかったため。


 姉歯秀次元建築士が最初に構造計算書の偽造をしたと証言した東京都内のマンションはヒューザーの物件で、野党側は小嶋社長の証人喚問を求めていた。しかし、与党側は21日の理事会でも慎重姿勢を崩さず、証人喚問要求は理事会の全員一致が原則のため、当面は喚問しないことになった。 (asahi.com 2005年12月21日12時00分)



馬淵事務所が提案したアンケートの回答を待つまでもなく、とりあえず同委員会に所属する与党の議員は、「うさん臭い議員リスト」に入れてよさそうですね。


同委員会に所属する与党議員といっても、「耐震偽造問題に直接は関与していないが、党の決定にしたがった」という人もいそうです。しかし、そういう議員についても、これだけ国民が注視している問題を平気で棚上げにしてしまっては、「リベート受けとり議員」と同列に扱われることはやむなし。


問題は、リストアップされた議員が「なぜリストにのっかったのか」を、次の選挙まで投票者が覚えているかどうか、ということかもしれません。それこそ、徹底的に情報を集めたうえで、2ちゃんにて「リベート受けとり議員祭り」でも実施してもらいたいものです。


忘れないためにも。


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2005年12月21日 (水)



2005年10月9日に、NHKスペシャル「“約束の地”からの撤退――揺れるユダヤ人国家・イスラエル――」が放送されました。以下、NHKオンラインに掲載されていた番組内容の概要を引用します。



中東和平は前進するのか、世界が注目したイスラエルのガザ地区からの撤退。38年に及ぶ占領の終結は、イスラエル社会に深刻な亀裂をもたらした。国家の安全保障、宗教と国家の関係など、建国以来57年間くすぶってきたイスラエルという国家のあり方そのものに関わる問題が顕在化することとなった。


ガザ地区の入植者8500人の退去に抵抗した人々の多くは、いまイスラエルで増え続ける宗教右派と呼ばれる人たちだ。聖書の教えを絶対視し、ガザ地区はユダヤ人が神から約束された土地だと強く信じてきた。和平のための譲歩もやむを得ないとする世俗派の人たちとの溝はより深まり、他の占領地からの撤退となれば流血の事態も危惧されている。


撤退を決断したシャロン首相率いる与党リクードも分裂状態だ。「ガザ撤退でイスラエルの安全は守れなくなった」とネタニヤフ元首相が反旗をひるがえし、次回の党首選への立候補を表明したのだ。


「約束の地」にユダヤ人の「安住の地」を作ろうとしてきたイスラエル。パレスチナとの泥沼の紛争という現実を前に、大きな曲がり角を迎えたイスラエルのいまと中東和平の行方を描く。(NHKオンラインより)



この番組は、「こんなことがイスラエルで起こっているのか」ということの一側面を知るための情報として、それなりの意味があったと思います。ただし、説明不足な部分も目立っていました。


番組の大枠は、シャロンによる撤退の決断により、ガザ地区に入植したイスラエル人が、入植地から強制的に退去させられ、それに抵抗する人びとの様子を取材した、というものでした。


説明不足だったのは、イスラエル人とパレスチナ人の関係が、ごくごく簡単にしか触れられていなかった点です。この番組を見た人に予備知識がなければ、「強制退去させられるイスラエル人は、かわいそうだなあ。以上」と理解されてしまうかもしれません。


つまり、イスラエル側の論理に力点が置かれすぎていた、ということです。


で、この番組を「中和」する、すなわちパレスチナ側の論理も知ってもらおうではないか、という問題意識にもとづいて、以下のような番組が今度の土曜日に放送されるようです。


「土曜日の夜の教育テレビ」という視聴者がもっともチャンネルを合わせないような枠で放送されるのが残念です。とはいえ、ただただNHKはダメだと思い込むのではなく、NHKの内部でこのようなバランス機能が働くこともあるんだということを、知っておくのは重要なことだと思います。


以下、その「中和」する番組の概要をNHKオンラインから引用します。



ETV特集


「ルート181」――パレスチナ・イスラエル境界線からの声――


2005年12月24日 NHK教育テレビ 10:45~ 放送予定


今年秋、山形ドキュメンタリー映画祭で最優秀賞を受賞した「ルート181――パレスチナ・イスラエルの旅の断章――」(270分・2003年)。イスラエル領に生まれ育った2人の映画監督がカメラを携え、ともにイスラエル・パレスチナの「境界線」をたどった旅のドキュメンタリーである。今秋、この映画を共同撮影・編集した2人の映画監督がそろって来日した。


パレスチナ人映画監督ミシェル・クレイフィとユダヤ人映画監督エイアル・シヴァンの二人。クレイフィはカンヌ国際映画祭批評家賞を受賞した作品「豊穣な記憶」(1980年)でパレスチナ人の生活を追い、シヴァンは「スペシャリスト:自覚なき殺戮者」(1999年)でナチスドイツ高官のアイヒマン裁判を描いた。その二人が出会って、総決算ともいえるドキュメンタリー「ルート181」を制作した。


「ルート181」とは、ふたりが名づけた1本の道。その由来は、国連決議181号で定められた分割線である。ふたりは、「181号」線上を車で走る。その過程で、出会う人々は、モロッコ出身のユダヤ人、ハンガリーからのユダヤ新移民、イスラエル国籍のパレスチナ人、中国人労働者たち──。かれらの肉声と暮らしから、「占領」という現実と、「占領者」として生きる人々の弁明を探ってゆく。


来日する2人は、日本の哲学者・思想家・作家・市民との対話を通して、パレスチナ問題が、日本に関わりのない「遠い場所」のことではなく、世界和平に向けた普遍性を持っていることを浮き上がらせた。


番組の構成は、映画「ルート181」の主要シーン、ふたりの監督へのインタビューと日本の識者との対論、市民とのシンポジウムでの討論によって作られる。イスラエルのガザ撤退が行われ、世界の注目を浴びた2005年の中東和平問題。その概観と今後の見通しを、一編の映画をひもとき、「境界線」上の現実を探ることで考えてゆく。(NHKオンラインより)



これをつくった番組ディレクターは、この夏に「ZONE――核と人間」というNスペや、サイードの番組など、興味深い番組をつぎつぎにつくっている方です。ハズレはありません。ぜひご覧になってください。


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2005年12月20日 (火)



徹夜明けでテレビを見ていると、警察が大規模な強制捜査を実施するとのことで、ニュースは耐震偽装問題ばかり。すでにテレビで見慣れた現場に報道陣が押し寄せ、レポーターが「未明からたくさんの報道陣が詰めかけています」と紋切り型のコメントをくりかえす。そんなコメント、どうでもいいことでしょう?


それを受けるスタジオの司会者やコメンテーターは、歯にモノが詰まったような物言いで、「建築基準法は罪が軽い」とか「圧力は主観的なものなので、客観的に証明するのはむずかしい」とかいっている。


この問題をできるだけ簡略に図式化すれば、以下のようになるのではないか。



政治家→国交省→販売・建築・検査などの各社→下請け会社


政治家→国交省→コンサルタント会社→販売・建築・検査などの各社→下請け会社



矢印の方向に偽装への「目こぼし」と発注などを含めた利権の小分けがおこなわれ、矢印と逆の方向にカネが流れる。追記するとすれば、第一に「宗教」が政治家の手前にある可能性であり、第二に国交省と業者のあいだに、地方自治体が関与している可能性であろう。テレビを見ている人も、耐震偽造問題の大まかな図式がこのようになっていることは、うすうす勘づいているのではないか。


この問題の根源には、政治家が存在する可能性が高い。よほど無関心でないかぎり、そのことを国民は気づいている。にもかかわらず、政局の混乱をおそれるあまり、政治家の関与を表沙汰にせず、この件はできるだけ少ないスケープゴートだけをまつりあげて、この件を「なかったこと」にしようと政治家が動いているとしたら、それは政治家が国民をバカにしていることだと考えざるをえない。


きっこさんが日記で書いているが、マスコミに勤める私の知人の話やニュース、そして新聞などを見る限り、かなりの圧力が政治家(&高級官僚&闇の権力)からマスコミにかかっているように思える。そうなると、耐震偽装問題に関しては、マスコミ報道にどこまで信憑性と同時性(すなわち知っていても報じない、報じることができない)があるのかが、すこし疑わしくなってくる。


いろいろな記事があり、信憑性のチェックは必然だとは思うが、この件についてはネットに流れる情報「も」、自分なりに取捨選択しながら、何が本当のことなのかを見極める必要がありそうだ。


というわけで、このままバカにされたままなのはしゃくなので、以下で紹介したメールを放送局に送りましょう!


参考記事→耐震偽装関係企業/自公に献金1819万円/仲介・質問…問われる関係


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2005年12月20日 (火)



証人喚問で活躍した馬淵議員の事務所が、以下のようなメールを「みのもんたの朝ズバッ!」と「報道ステーション」に送るのはどうかと、「きっこの日記」に提案してきたそうです。


武田徹さんの「オンライン日記」で知りました。


おもしろそうだし、意味もありそうなので、協力することにしました。


拙ブログを読んだ方も、よろしければ送ってみてください!


みのさんや古館さんに、建築業界(のすべてではありません。今回あきらかになったような胡散臭い人びとです)と彼らをかばう議員の関係を、ビシッと報道してもらおうじゃありませんか。


つまり、ワイドショーやニュースの一コーナーとして、「全議員に証人喚問の是非を問う!――建設業界(の胡散臭い人びと)にたかる銀蝿は誰だ?――」というようなものをやってみてはどうか、とテレビ局に提案するわけです。


アンケートの回答結果は、証人喚問すべきという議員の声が多数であることがわかれば、証人喚問が実現されるでしょう。


また、証人喚問に消極的な議員が多ければ、その議員らの名前を公表する。


すると、その議員らが何らかのかたちで建築業界(の胡散臭い人びと)と関係をもっていることが、視聴者にわかるでしょう。


以下、メールの送り先と、送る文面をコピーしておきます。



<メールの送り先>


■TBS「みのもんたの朝ズバッ!」


メールアドレス zubatto@best.tbs.co.jp


■テレビ朝日「報道ステーション」


専用メールフォーム http://www.tv-asahi.co.jp/hst/mansion.html


<文 面>


○○担当者 殿、


アンケート調査実施のお願い


謹啓、師走の候、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。


さて、国民の最大関心事の一つである耐震偽装問題に関しましては、先般の国会での証人喚問で問題の一端が明らかになりましたが、まだまだ、真相解明には程遠いと言えます。


しかし、自民党は、証人喚問には応じる様子はなく、この問題に幕引きを図ろうとしています。


そこで、ぜひ全国会議員を対象に次のようなアンケート調査を行って、結果を公表してください。



ご芳名:    (所属政党:   )


あなたは、更なる証人喚問を通じた国会での真相解明が必要だと思いますか。


 「はい」か「いいえ」でお答え下さい。


ご多忙中恐縮ですが、よろしくご検討をお願いいたします。




私は、社会正義とやらをまったく信用しておりません。


また、お金のやりとりを含めた物品による贈答文化を、すべて否定したりもしません。


贈答なしで過ごせれば、それにこしたことはありませんが、そういうわけにもいかないのが現実でしょう。


右も左も、思想・信条を超えた部分で、贈り贈られで関係を築いているのが実情だと思います。


問題は、贈り贈られの根拠となる利権の性質と規模でしょう。


とはいえ、耐震偽装問題については、あまりに悪質で、ちと規模が大きすぎる。


なおかつ、それを「なかったこと」にしようとする国会議員の影がちらついている。


社会正義を信用していない私も、さすがに耐震偽装問題を「なかったこと」にしてはいけないと思い、今回、協力することにした次第です。



●武田徹 オンライン日記 http://162.teacup.com/sinopy/bbs


●きっこの日記 http://www3.diary.ne.jp/user/338790/


追伸…「きっこの日記」に掲載されているイーホームズ藤田社長のメールを読んで、びっくりしました。まだ読んでいない方は、一読をおすすめします。


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2005年12月19日 (月)



ということで、ブログを更新する気にもならず、仕事を積極的にする気にもならず、家事をする気にもならず、だらだらとした時間を送っています。


何をやってるのかというと……。


・モーム『月と六ペンス』と『花田清輝評論集』を読みつつ


・ZO-3でジミヘンをコピーしつつ


・DVDで「ミリオンダラー・ベイビー」を観つつ


・新井英樹の『ザ・ワールド・イズ・マイン』を読みつつ


・ナンバー・ガールのライブを聴きながら、ZAZEN BOYSのCDを買おうかなと思いつつ


・かろうじて韓さんのチマ・チョゴリ原稿に手を入れる


という感じです。こういうときもあるのかな、と思いつつ、バックラッシュ関連の企画を進行させなければと思ったりもしています。


しばらくは、だらだらでゆるゆるですが、どうかお許しくださいませ。


月と六ペンスThe World Is Mine 1 (1)ミリオンダラー・ベイビーライヴ・アルバム ?サッポロ OMOIDE IN MY HEAD 状態


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2005年12月19日 (月)



葉っぱさんのご指摘でおもしろいことがわかりました。


「ひとり」から「と」を抜いて、「きこも」を入れると、「ひきこもり」になるんですね。


すでに誰かが、いっていることかもしれませんが。



あんまり「ひとり」でいるなよ。


たまには人と会えよ。


ひとりでながく家にいると、「ひとり」から「と」君が去り、「きこも」君がやってくる。


「きこも」君が来ると、「ひとり」が「ひきこもり」になっちゃうぞ……。



まあ、「きこも」君がやってきて、「ひきこもり」になったり、ならざるをえない人もいるのでしょう。それは仕方のないこと。


でも、「きこも」君が来そうになったら、なんとか対処をして、たくさんの人と会ったりしながら、開かれた「ひとり」の状態を維持していきたいな、とは思います。


以下のエントリーでは、ちょっと大げさに書きましたが、たしかに「ひとり」の状況っていうのは微妙なんですよね。


日々、周囲の方がたに助けられて生きているのは、いうまでもありません。


とはいえ、何をやるのにも、基本的には自分次第で自己決定。


アクションを起こして、うまくいけばお金になる。うまくいかなければ、無駄骨になる。


アクションを起こさなければ、お金にならない。生活が行き詰まる。


作業ばかりしていたら、創り出すことがおろそかになってしまう。いい企画を浮かばなくなる。


かといって、創り出すために映画を観たり、本を読んだり、音楽を聴いたり、人と会ってばかりいたら、作業ができなくなる。


このへんのサジ加減が、とてもむずかしいんですよね……。「ひとり」っていうのは。


自由にやっているようで、けっこう自由ではない。


誰かに指示されたり管理されているほうが、けっこう楽だったりします。


ときどき、そのほうがいいのかなあ、と思ったりもします。


でも、自分の能力が、どう調整すればもっとも活きるのかを考えると、やはり「ひとり」のほうがいいと、私は思っています。(→いまのところ)


「ひとり」といっても、じつはまわりの方がたに頼りっぱなしで、自分でやっていることなんてほんのすこしなんですが……。


葉っぱさんに指摘されて、なぜか、ちょっと気合いが入りました。


武田鉄矢が「が~んばれ~、が~んばれ~」と歌っているとムカついたりします。が、ここはあえて「がんばろう」と書いておきましょう。


だがしかし、私は、遠藤賢司の「がんばれよなーんて、いうんじゃないよ。俺はいつでも、最高なのさ」という言葉に惹かれてしまうんですよね。


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2005年12月15日 (木)



しばらく更新できませんでした。なんとか生きておりますので、ご安心ください。会社経営も、『限界の思考』と『デリダの遺言』のおかげで、どうにか持ち直せるような状況となりつつあります。こうして次の企画を紹介できるのは、弊社の本を買っていただいた読者のみなさんのおかげです。ありがとうございます。


さて、ただいま作業中の本は、韓東賢(ハン・トンヒョン)さんのチマ・チョゴリに関する内容のものです。韓さんは、東大の院生で、さまざまなアプローチから「在日」というものを研究している方です。


いまつくっている本では、まずチマ・チョゴリの歴史が語られます。さらに、それが日本の朝鮮学校で制服として導入されるまで、そしてその後の経緯が、多くの在日女性への聞き取りによって、ていねいにあかされていきます。このオーラル・ヒストリーが出色です。


私もカンボジアでの調査や取材で、数多くの聞き取りを実践しました。韓さんは、在日の歴史を調べると、あまりにも文書資料がすくないことに驚いていますが、カンボジアもまったく同じ状況でした。文献でひもとけない歴史や文化は、オーラル・ヒストリーによって補完せざるを得ません。


もちろん、人の記憶はあいまいですし、聞かれた側は聞かれたことに対して、何を答えてもいいわけですから、信憑性の有無も問題にはなります。そういう意味では、一人ひとりの発言の「質」を重視しつつも、できるだけ多くのサンプルを集めるという「量」の問題も考える必要があります。でも実際に調査をやると、質と量を両立させることが、じつに困難なことだということに気づきます。


そうしたマイナス要因を考慮しても、調査対象に関する文献が不足している場合に、オーラル・ヒストリーは有効な武器となりえます。韓さんは、多くの調査対象者に対して質の高い聞き取りをしており、その成果からはチマ・チョゴリの歴史だけでなく、朝鮮半島と日本の近現代史も浮かびあがってきます。


これまで、チマ・チョゴリにしぼったかたちで、「在日」の歴史を振り返った本は出ていません。刊行は2月末を予定しているので、ぜひご一読ください!


作業の様子は、おいおいブログで報告していきます。


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2005年12月 8日 (木)



「なぜ、いまごろ……」と思いました。


毎朝読などの大新聞を読んでいる人なら、朝刊1面の下部に掲載されている健康本の広告を、しばしば見かけたことがあるでしょう。なかには、見るからに胡散臭い健康本もあるのに、なぜか繰り返し掲載されていました。それも大新聞に……。


前に勤めていたK社では、それらの新聞に新聞広告を出すこともありました。新聞の書籍広告は、あいだに代理店が入ることが多く、●●広告社は読売の広告に強いとか、■■広報社は朝日の広告に強い、というような分業体制になっているようでした。「強い」とは、ようするに「ほかより安い」という意味です。


代理店の人たちは、広告掲載の機会をさぐりに、かなりの頻度でK社をおとずれ、業界ネタを教えてくれたりしました。で、いざ広告を出すとなると、当然ながら掲載日と料金の相談をするわけですが、それにくわえて、もうひとつ相談することがありました。


新聞朝刊1面の書籍広告は、たいてい8社分が掲載されます。そして、「掲載日の8本のうちの何本が健康本の広告なのか」ということが議論になるわけです。出版社としては、胡散臭い健康本と一緒に自社の広告が掲載されると、自社の広告まで胡散臭いイメージを読者に持たれてしまう、ということを懸念するのです。


巨額な広告宣伝費を準備して、質より量で勝負する健康本の出版社は、人文書の出版社のように広告代を値切ったり、広告代が安くないと掲載しない、といったことがないようでした。つまり、高い広告代を払ってくれて、かつ何度も同じ広告を出してくれる健康本の出版社は、新聞社にとっては大のお得意さんだといえます。


しかしながら、ときには「ほんとかよ!?」と思うような内容の健康本の広告も多くありました。そんな広告を見かけるたびに、「新聞広告は、高い広告代を払っていれば、何でもありなのかなあ……」と思っていました。でも、「週刊文春」や「週刊新潮」などがセンセーショナルなネタを広告のリードに使うと、平気で削除したりしていて、一貫性がないなあとも思ってました。


双風舎は新聞広告など出していませんから現状はわかりませんが、私がK社に在籍した2~3年前でさえ、健康本と新聞広告の関係は、上記のようなものでした。


で、ようやく警視庁が「新聞広告を掲載していた朝日新聞など全国の新聞社40社と日本新聞協会、新聞広告審査協会に対して、広告の厳正審査を求める要請書を郵送した」そうです。



新聞広告の厳正審査要請 アガリクス薬事法違反事件で


 がん患者の体験談と称した「バイブル本」で、アガリクスやメシマコブの加工商品を広告していた薬事法違反事件で、警視庁は7日、この書籍の新聞広告を掲載していた朝日新聞など全国の新聞社40社と日本新聞協会、新聞広告審査協会に、広告の厳正審査を求める要請書を郵送した。


 東京地検は同日、本を出版していた「史輝(しき)出版」の役員ら4人を同法違反の罪で起訴した。一連の事件で起訴されたのは計6人になった。


 警視庁の調べに、役員らは「新聞に広告を載せると反響が大きく、商品の売り上げが伸びた」などと供述。史輝出版などは、書籍4冊の宣伝のため、01年以降の約3年で約6億円を新聞広告費にあてて、約40億円を売り上げていたという。


<asahi.com 2005年12月07日21時07分>



いまごろになって、それも警視庁から「広告の厳正審査」を求められるなんて、おかしな話だと思います。みずからが朝刊1面に掲載している広告が胡散臭かったら、2001年からの約3年間のあいだに、みずからの取材力で調査して、掲載拒否にするなり警察に訴えるなり、しておけばよかったでしょう。


上記の記事は、読み方によっては「史輝出版は、約6億円もの広告費を払っているんだから、そう簡単には掲載拒否にはできなかったんだ」と言い訳をしているようにも読めます。全国の新聞社40社が、胡散臭い健康本の実態を見抜けなかった、または胡散臭さを知っていて広告を掲載していたというのなら、それらの新聞自体が信用できないのはもちろん、それらの新聞に掲載された広告も信用できなくなってきてしまいます。


この一件で、各新聞は広告の掲載に、ちょっとは慎重になるのでしょうか。それとも、やはりカネをたくさん払ってくれる出版社の広告は、胡散臭くても掲載しつづけるのでしょうか。


最後に、このブログをアップする時点で、アガリクス薬事法違反事件の関連で、警視庁が新聞社などに新聞広告の厳正審査を要請した記事をネットに掲載しているのは、朝毎読のうち朝日新聞のみという体たらくであることをお知らせしておきます。


広告代理店の方で、この腐った実情を解説していただける方は、いらっしゃいませんか?


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2005年12月 7日 (水)



『男女平等バカ』に触発(!?)されて、すこしジェンダーフリーについて考えてみようと思いました。そして、初心者の私には、以下のサイトがたいへん役立ちました。chikiさん、ありがと!


ジェンダーフリーとは → http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/genderfreeQandA.html


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2005年12月 5日 (月)



よく戦争の論理として語られることに、「敵の敵は味方」という言葉があります。ごく簡単に例を示せば、アメリカの敵が日本だとします。さらに、中国の敵が日本だとします。もともとアメリカと中国は、とくに親密な関係にも敵対関係にもありません。ところが、「日本が敵」という利害で一致したときに、日本の敵である中国が、アメリカにとっての味方だと見なされる場合があります。そして、普段は何の関係もないアメリカと中国が、「日本が敵だ」という部分のみに関しては、イデオロギーやら何やらを無視して協力しあったりします。


「はてなブックマーク」に、以下のような書き込みがありました。まずは読んでみてください。



A.『id:leleleは異質な存在である50歳女性を排除している。何が「反論しても仕方がない」だ。本人に聞こえない場所で陰口叩いてんじゃねーよ。 』


B.『異質を許容できず、賛同者を集って異質を否定しようという態度はPTAとまったく同じでは・・・?』



基本的に、自分が書いたブログがどのように読まれるのかということは、掲載した瞬間から私の手を離れてしまい、独り歩きしてしまうという前提があります。だから、いろんな読まれ方をすることに対しては、何の抵抗も感じません。


以下のエントリーを読んで、私が「50歳女性」を排除している、とAの人が読まれてしまったのならば、書き方が悪かったとしかいいようがありません。排除しようとなど思っていませんし、ただ反論を述べているにすぎません。


また、「みなさん、HGはゴールデンタイムに出演してはいけないのでしょうか?」という一文は、賛同者を募っているのではなく、このブログの読者がこうした状況を、どう考えているのかが知りたくて書いたまでのことです、Bさん。


不思議ですね。ちょっとしたことに目くじらをたてて、文句をつけている人に対して、「いろいろあってもいいじゃん」ということが、なんで「異質の排除」になるのかがよくわかりません。そんなことをいいだしたら、AさんやBさんは、「異質の排除」をしている異質の私を排除している、ということになり、自分のいっていることが自分に跳ね返ってくることになるでしょう。


そうなると、「異質の排除」を否定しているAさんやBさん自身が、「異質の排除」をしていることになるわけで、そんなことをいいだしたらキリがない。まさに「50歳女性」の敵が私で、AさんBさんの敵は私で、共通の敵である私に対して、何の関係もない「50歳女性」とAさんBさんが共闘関係を結んでいます。


興味深いのは、それこそAさんやBさんのようなコメントを、平気でネットにアップしてしまえる振る舞いです。言葉遣いにしても、Aさんについては、他人に読んでもらうというよりも、ただただ自分の言いたいことや思いついたことをそのまま書いているだけのように読めます。「陰口」というのなら、上記のコメントをこのブログに書き込んでこそ言行一致なわけで、なかなかたどりつかないようなページでこそこそ書いていることは「陰口」にならないのでしょうか。


こんなことを気にせずにブログを運営していくためには、結局、コメント欄を閉鎖したり、罵詈雑言を無視していくしかないんですかねえ……。


今回は、気になるコメントを不思議な振る舞いの事例として取りあげましたが、以降はしばらく「気にしない」方針でいくことにしましょう。


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2005年12月 5日 (月)



テレビ朝日の視聴者が、レイザーラモンHG(以下、HG)を「笑いの金メダル」に出演させたことについて、クレームをつけているのだといいます。「★てれびまにあ」さんのブログで知りました。


http://tvmania.livedoor.biz/archives/50251651.html


テレビ局には放送番組審議会という、番組内容を検討したり意見をしたりする組織があります。「笑いの金メダル」を放送しているテレビ朝日にも、当然あります。同審議会のwebページに「視聴者応答記録から」というページがあるのですが、そこには電話や手紙、ファックス、メールなどで受け付けた視聴者からのクレームや意見が掲載されています。


そして「視聴者応答記録(抜粋)(9月1日~11月4日)」には、「笑いの金メダル」に対する、以下のようなクレームが掲載されていました。



[笑いの金メダル]


>ゴールデンタイムにハードゲイを出す“神経”がわからない。子供たちも見ているんですよ。変な腰の振り方と、「フォ~」と言うだけしか能がないのを芸人というのでしょうか? 変な大人が喜んで見るなら、もっと深夜帯に出してもらいたい。ゴールデンタイムにハードゲイを出しているのはテレビ朝日だけですよ。PTAで数千人の出演拒否の署名を集めたので送りたい。(女性50歳)…同様意21件


http://company.tv-asahi.co.jp/banshin/kirokuoutou.html



私には、ゴールデンタイムにハードゲイを出しちゃいけないという神経がわかりません。子どもが見ても、いいと思います。HGが、「変な腰の振り方と、『フォ~』と言うだけしか能がない」とは思いませんし、彼は芸人だと思います。変な大人だけでなく、普通の大人も普通の子どもも喜んで見ているのだから、別に深夜帯に出す必然性はないと思います。ゴールデンタイムにHGを出しているのは、テレビ朝日だけではありません(HGは、そもそも土曜のゴールデンタイムに放送されているTBS「爆テン」でブレイクしたのでは)。


まあ、件の女性50歳に反論しても仕方がないわけですが、こうも簡単に見慣れないタイプの人物を悪者だと決めつけて、テレビに出すなとムキになるのはどうしたものか、と思いました。


世の中にはいろんな人がいるわけです。意図的に不自然な容姿をしていたり、固有の性癖を持っていたり、先天的に障害を持っていたり……。で、いろいろな容姿や性癖、そして障害などを持っていることには、何らかの理由があるわけですよね。そして、その理由を理解するためには、まず「そういう人がいる」ということが、わからなければなりません。隠蔽していたら、いつまでたっても「そういう人がいる」こと自体を知らないまま、日常を過ごしてしまうことになります。


私は、「そういう人がいる」ことを、子どものころから知っているのは、とてもよいことだと思っています。タイ国のテレビ放送で、お笑い番組にダウン症の芸人がレギュラーで出演し、視聴者の人気を集めているのを知り、仰天した覚えがあります。そして、タイ国の視聴者は、ダウン症の芸人をバカにしているのではなく、純粋に面白いと思ってテレビを観ています。なんとも、うらやましい状況でした。


見慣れないものや知らないものに出会うと、驚くと同時に、よく知らないからこそ、いとも簡単に排除したり差別したりしてしまうのが人の本性だと思います。異質の排除、というやつですね。逆に、日常的に見慣れていたり、よく知っていたりすれば、そう簡単に排除したり差別したりはしないでしょう。


そういう意味で、HGのゴールデンタイム進出は、何の問題もないことだと私は思います。うちの子が通う保育園では、「フォ~」とやるのが流行っているらしい。なかなか面白いじゃありませんか。


「★てれびまにあ」さんはコメントで、「『PTAで数千人の出演拒否の署名を集めたので送りたい』すごい行動力に脱帽。何か違うことにエネルギーを使って欲しいです」と書いていますが、私もまったく同じ思いです。


ちなみに、ジェンダー・フリーへのバックラッシュ(反動)についても、理論的にどうこうということよりも、異質の排除という側面が強いように思えるのですが。『男女平等バカ』というムックを読んで、強くそう思いました。


みなさん、HGはゴールデンタイムに出演してはいけないのでしょうか?


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2005年12月 4日 (日)



kanryoさんのブログを要チェックです!


http://d.hatena.ne.jp/kanryo/20051127


しかし、みなさん、そんなに持ち家が欲しいものなのでしょうか?


私自身は、持ち家など特に必要ないと思っています。その理由の第1は、共働きとはいえ、稼ぎがすくないので、買おうと思っても買えないこと。というか、買う気がまったくない。


第2は、財産価値があるといって家を買っても、死ぬときには子どもや他人の手に渡ってしまい、もったいないと思うこと。笑


まあ、死ぬ前に家を売って、酒池肉林の世界にどっぷりつかってパーっとやる、ということも考えられます。とはいえ、それをやるなら年をとる前にやりたい。だから、ローンとか支払うのなら、「家賃」と「家を買った場合のローン」の差額を、元気なうちに有効に使いたい。さらに、子どもに財産など、残すつもりはまったくありません。成人になるまで面倒を見るので、あとは自分で稼いで、好きなように暮らしてください。


第3は、持ち家というか、土地の問題です。土地なんて、いりません。ひじょうにくだらない理由ですが、カンボジアで土地制度の原始的ものから現代的なものまで、その変遷を短期間で見てしまったことが大きいです。国有とか共有だった土地が、ある日、突然、誰かの私有地になる。そして、1㎡=0ドルだった土地が、あっという間に同100ドルになったりする。月2500ドルの借家が、3年後に同500ドルになる。漠然と「土地って、水ものだなあ」と思ってしまいました。


まあ、カンボジアでの見聞を日本に持ち込むな、と思われるかもしれません。その通りだと思います。でも、カンボジアでの見聞のインパクトが強すぎて、土地の売買なんて、アホらしいなあと思うようになりました。なんだか、小中学生が何かを嫌がる理由みたいですね。


で、姉歯問題なのですが、kanryoさんがブログで指摘しているように、規制緩和がキーワードになると思いました。そして、日々のニュースを見聞きしていると、どうしても「ほかの建築士も偽装してるんじゃないか」とか、「全国各地に、ヤバイ物件があるのではないか」などとも思ってしまいます。さらに、これは建築業界だけの問題なのか、などと考えたりもします。もし、姉歯さんがやったような偽装の元凶(または根本原因)が規制緩和なのであれば、行政が担当していたチェックを規制緩和で民間に委託するようになった業種については、似たようなことが起きているのかもしれない、と思ったりもします。


行政によって強制退去を勧告された、問題物件の住人は、たいへんな思いをしていることでしょう。持ち家主義ではない私は、あくまでも他人事としてしかコメントできませんが、理不尽な理由でいきなり行政に「ここから出ていけ」といわれたら、誰であっても困ると思います。行政も不正を起こした業者も、住人が納得のいく対処をすべきだとも思います。


だかしかし……。事件や事故、犯罪などに巻き込まれて損をしても、できるだけ財産がプラスマイナスゼロに近くなるような工夫は、誰にでもできるような気もします。家の話でいえば、夫婦でこの先、何十年も払い続けなければならないようなローンは、極力組まないようにする、とか。あまりリスクを背負わないですむような程度まで、お金を貯めてから家を買うとか……。現状の収入に見合った場所で暮らせれば、それでいいような気がします。「ローンを払い続けなければならない」という拘束や「世の中、この先、どうなるのかわからない」という不安を引き受けているという意味で、家を買う方がたはすごいなあと思います。すごい覚悟だなあと……。


もちろん、以上は私個人の価値観です。投機目的で家を買うかどうか。さまざまなリスクを覚悟して、家を買うかどうか。それこそ、自己決定の問題といえそうですね。


勘違いされると困るので、付言しておきます。「自己決定で家を買ったんだから、問題物件の住人『にも』、ある程度の自己責任がある」ということは、いくら想定外のリスクを背負わされることになったとはいえ、受け入れざるをえないことだと思います。


とはいえ、だから行政や業者が免責されるわけではなく、その想定外リスクの発生源である可能性が高い行政や業者には、重大な責任があり、住人への保証は最大限にすべきだと思っています。


ただし、テレビで見たように、行政が退避勧告の対象となる住人のための代替住宅の家賃を徴収するといったことに対して、ある住人が「私たちを殺すつもりなんですか」と詰め寄る姿には、すこし違和感を感じました。そう言いたくなるような切羽詰まった状況なのでしょうし、そう言いたくなる気持ちは理解できるのですが、さすがにテレビ画面で映し出されると、抵抗を感じました。


この点は、何かとセンセーショナルに報道したがるテレビ・メディアの昨今の風潮にも、問題があろうかと思います。たとえば、栃木の小1女児殺害事件を報道する際に、その女児の生前の姿を「ニュース」で流す必要が、なぜあるのでしょうか。誰が映像を提供しているのか。もし親族以外から入手しているのなら、それを勝手に「ニュース」で流していいのか。親族は、あの映像を観て、どう思っているのか。視聴者があの映像を観て、どう思っているのか。そういう根本的な配慮がなされないまま、できるだけセンセーショナルな映像を流すことが重要であるがごとき風潮に、テレビ報道がなってきているような気がします。


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2005年12月 4日 (日)



別冊宝島Real069『男女平等バカ』を買いました。往来堂書店の雑誌コーナーで「究極のロック100曲!!」を特集していた「SIGHT」を立ち読みていたら、その近くにありました。


「こんなタイトルにしてしまう出版物があるんだ~」と思って手に取ってみると、いまや定番となりつつあるジェンダー・フリー叩きのムックでした。


こういうのが『嫌韓流』のごとく売れてしまうのであれば、ジェンフリにそれほど深くコミットしていない私でさえ、それはちょっとヤバイ状況だと思わざるをえません。同ムックがたくさん売れるようなら、なんらかのアクションを起こそうかなあ、などと思いました。


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2005年12月 3日 (土)



これは政界が動きそうだな、と思いました。


「週刊文春」12月8日号の「谷垣財務大臣 中国人女性『買春』疑惑」というスクープ記事を読んで、そう思いました。1988年に日中民間人会議なるものに参加した谷垣さんが、泊まったホテルに中国人女性を連れ込んだ、という内容。


その事実を実証しているデータが、「中国駐在商社員などに対する摘発・国外退去事案(情報)」という中国公安当局のリスト。社会主義や共産主義の国では、たいていそういうチェックはしているし、データもつくってあります。常識といってもいいかもしれません。


なんで公安がそんなことをするのかというと、まず情報漏洩などの可能性を危惧して、自国の民と外国人とが接触することを、当局が快く思っていないことがあるでしょう。しかし、それよりも重要な意味は、外国の企業や政府に対する外交カードとしての利用法なのだと思います。


どこぞの政治家が、何にも知らずに外国へ視察旅行にいって、宴会のあとに飲み屋にいって、飲み屋で働く女性を持ち帰る。その政治家は、何も知らずに帰国する。持ち帰られた女性やホテルが、政治家のことを公安にしゃべる。公安はそれを記録して、保存する。


で、何かもめごとが起きたら、「政治家がこんなことしてて、いいんですかねえ」なんていいながら、公安がつくったリストをちらつかせる。


そういうことは、私がいった当時のカンボジアでもやっていました(社会主義をやめてから、ほとんどなくなりましたが)。隣のベトナムでは、一時滞在の外国人のチェックはもちろん、常駐する新聞の特派員や商社の人も徹底的にチェックされていました。いまはどうだか、知りませんが。


まあ、谷垣さん本人が、そうした公安事情を知らないのは仕方がないと思います。だからといって、買春したのがいいといっているわけではありません。そうではなくて、まわりに事情を知っているブレーンがいて、谷垣さんに注意をうながさなかったことが問題なのだと思います。注意されたのに、ぶっちぎったという可能性もありますが……。


在中国の日本大使館員とか、何をやっていたんでしょうね。政治家が勝手にそんなことをして、わざわざ外交カードを中国に提供するようなことを、外交のエキスパートである外交官が見逃していたのだとすれば、それは著しく国益をそこなうことだといえましょう。笑


それこそ佐藤優さんのような人が、谷垣さんの近くにいたら、こんなことにならなかったのかもしれませんね。


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