双風亭日乗

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2008年1月 4日 (金)

NHKの「民主主義」

昨日からNHK総合で「民主主義」というドキュメンタリーのシリーズが放映されています。昨年の11月にNHKのBSハイビジョンで、同年12月に同BS1で放映されたものの再放送です。昨日の前半に放送された「米国『闇』へ」のみ、見逃してしまいましたが、あとはすべて見ているところです。

いやいや、こんなにおもしろいドキュメンタリーを連続で見られるなんて、正月早々、しあわせな気分になります。でも、見終わってみると、痛みや悲しみを感じたりもします。とにかく、テーマも内容も大学の教材として使えるような作品が並んでいることに驚きます。

一応、すでに放送された分も含めて、ラインアップをメモしておきます。内容の概要は、番組webページからの引用です。

米国「『闇』へ」(1月2日)
民主主義の膝元でテロ撲滅の美名の下“拷問”が容認されるのはなぜか?アフガニスタンで、テロリストと疑われ捕えられ、死亡したタクシー運転手の事例を軸に、アフガニスタンやキューバのグアンタナモで“拷問”に関わった調査官、被害者へ取材、またアメリカの政策決定者への取材を重ね、拷問現場の証拠写真で構成する番組。

南米 ボリビア「先住民たちの革命」(1月2日)
南米初の先住民の大統領、ボリビアのモラレス大統領に密着、欧米流に異論を唱え理想を掲げ登場した政治家たちのぶつかる壁を描く。天然ガスの国有化や貧困層への海外援助金支出が、上院の反対で実現せず、支援した民衆に苛立ちがつのる。大統領と共に下院議員に当選した貧困層対策に力を注ぐ女性議員を主人公に、大統領と改革派議員たちのジレンマを描く。

欧州 デンマーク「風刺画事件を追って」(1月3日)
デンマークの風刺画が非欧米世界に与えた「不快感」、西欧側が焦る「表現の自由への介入」、互いが理解することの「落とし穴」はどこにあったのか? デンマーク人監督はイスラム教徒が「本当は何に怒ったのか」確かめるため、ベイルート、テヘラン、と宗教指導者、政治活動家を訪ね、「怒り」の真意を確かる。一方ヨーロッパで続く「表現の自由か宗教か」という裁判や論争と対比し描く。

中東 エジプト「我々は見ている」(1月3日)
2005年、初めてエジプトで行われた複数政党制による選挙、そこで起きた不正を正すため3人の女性が継続し続けた「我々は見ている」という名の市民運動に密着した記録。選挙後、彼女たちは目撃した不正を「裁判官クラブ」に訴える。不正を正すため立ち上がる判事たち、だが、その判事たちが逆に処分される事態に。判事と市民の結束を促し訴えていく活動に密着、エジプトで人々が、今、求めている新しい民主主義を探る。

アフリカ リベリア「女の内閣」(1月4日)
内戦で多くの男を失った国リベリアで、女性大統領、女性警察長官、女性閣僚と女性がほとんどの内閣が誕生、荒廃した国の再建にとりくんでいる。「男中心」に築かれた近代アフリカの政治風土、男中心の社会のあり方を変えるのか、観察する。

ロシア「愛国者の村」(1月4日)
モスクワの億万長者の実業家が「西欧の悪しき影響から脱し本物のロシア人になるため」の村を作った。男も女も牛を世話し実業家モロゾフの言う通り「服従」し暮らす。なぜ?“民主化に疲れた”モスクワ市民?モロゾフの画策する愛国主義とは?

パキスタン「大統領との晩餐」(1月5日)
ムシャラフ大統領が晩餐の席で語る「パキスタンの矛盾」。民主主義を守る為に、武装勢力に対抗し得るのは、軍支配という、矛盾。政治(世俗)が宗教に屈するという矛盾。その晩餐の発言を、ある農家の夕食の会話と織り交ぜて構成していく。

インド「ガンジーの心はいま」(1月5日)
サチャグラハ(消極的抵抗)という言葉(非暴力主義ともいわれる)は、今こそ見直されるべき言葉かもしれない。世界各地で暴力的な紛争が頻発する今、ガンジー後も宗教紛争、テロに悩み続けたインド人が、改めて非暴力をどう考えるか聴く旅。

中国「こども民主主義」(1月6日)
武漢の小学校での級長“選挙”のドキュメント。我が子を当選させようと、親が助言を始め、介入し、地域を巻き込むバトルが始まる。いわゆる西洋型民主主義の無い中国社会で、「民主主義」的選挙は「過酷な競争」に見えていく。

日本「選挙」(1月6日)
川崎市議会市議補欠選挙、という極めてミニチュアな選挙の候補者密着実録。日本の選挙における、候補と政党と選挙民の原初的な関係が見える観察映画。小泉内閣時で、「落下傘候補」として立候補した候補者が主人公。

番組webページ
http://www.nhk.or.jp/democracy/yotei/index.html

私は、ボリビアとデンマーク、そしてエジプトと見たわけですが、すべて「当たり」でした。明日以降のラインナップにも期待が持てます。

しかし、せっかくすばらしい作品を放送しているのに、「NHKさん、そりゃないでしょう」という思いもあります。デンマークの作品で、イスラム関係者に配慮したのか、番組の一部をカットしていたようですが、表現の自由をテーマにした番組の一部をカットするのは、まともな判断だと思えませんでした。監督が、みずから出演している、つまり身体を張って撮った映像なのに……。

テレビ神奈川が開局記念で、出演者が「放送禁止用語」を話す場面のある「ヨコハマメリー」という映画を、無修正のノーカットで放映しました。なぜテレビ神奈川にできて、NHKにはできないのか。これは、けっこう根深い問題だと思いますので、いつかあらためて考えてみます。

あと、これまで放送された3本を見て気づいた点は、第一に必要以上にコメントが挿入されていないので、しっかりと映像に集中することができること。テレビって音も重要だけど、何よりも映像を見せるためのメディアですよね。にもかかわらず、最近のドキュメンタリーには、やたらとコメントが多くて辟易しています。とくにNHKスペシャルとか。

現場のディレクターによると、コメントをつけないと上司に注意されたり、上司が勝手にコメントをつけたりするんだそうです。まるで、「番組内容を視聴者に、完全に伝えねばならない」という強迫観念に取りつかれているような感じです。これはきっと、視聴者からクレームが来たら出世に響くという理由が大きいんだと思われますが。もちろん、最低限の説明は必要でしょうけれど、過多なコメントは「ウザい」ものとなり、映像を見るための集中力をそぐことになるでしょう。

ちなみに、私は上記と同じ理由で、テロップも基本的には必要ないと思います。逆に、聴覚障がい者の方々にとって、テレビを見る際のテロップは必要不可欠なものだとも思います。ということで、せっかく「地デジ」になるのですから、テロップの有無は視聴者が選択できるようにしてほしいですね。

さて、気づいたことのもう一点は、これまで見た作品では、番組の進行役が、取材対象者であったり監督自身であったりする点です。つまり、番組の内容に関する責任の所在が、番組を見ていれば一目瞭然になるわけです。日本のテレビ局は、なぜかこうした番組の作り方を好みません。このシリーズを放送しているNHKは、それを好まない最たる放送局かもしれません。

なぜ好まないのか。簡単にいうと、どのディレクターが撮ろうが、どのカメラマンが撮影しようが、どの音響マンが録音しようが、「この番組は、すべて会社のものです」ということにしたいからです。よい番組ができた場合に、それを個人の手柄にすることを、テレビ局は避けている。

作品によっては、作り手の顔が見えないほうがよいものも、当然あるでしょう。しかし、顔が見えないので、「誰が誰に問いかけているのか」とか、「誰がどんな問題意識でこの番組をつくっているのか」が、あいまいな番組がいかに多いことか……。エンドロールにちょこっと名前をのせるだけでは、誰がどんな思いで番組を作っているんだか、ぜんぜんわかりません。

そんで、放映されてからの反響がいいと、2匹目のドジョウで番組が本となり、番組が有名になり、ようやく作り手が人前に登場するようになる。そんなのばっかり。ある意味、そういう仕組みにすることによって、番組内容を「統制」しているんでしょうけれど、そんなことを続けていたら、今回のシリーズのごとき見応えのある作品は、なかなか生まれてこないでしょう。

もう一言だけNHKさんにいわせてもらえば、民放のモノマネみたいなバラエティーをだらだら放送する時間が日中やゴールデンタイムにあるのなら、こういう番組をしっかりと放送してほしいものです。さらに、このシリーズの放送の順番が、BSハイビジョン、BS1、総合って、どういうこと?

まっ、いろいろありますが、明日からの放送する6本を楽しみにしております。なんか番組の宣伝みたいになってしまった部分もあり、申し訳ありません。でも、見て損はしませんから。みなさんも時間があればリアルタイムで、時間がなければHDDレコーダーで録画して、ぜひ見てくださいね!

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