双風亭日乗

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2008年1月28日 (月)

知ってる人は、知っているんでしょうけれど(網野善彦さんのこと)

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季刊「大航海」No.65(新書館)の特集は「網野善彦と日本史学の現在」。執筆陣は、赤坂憲雄さんや松本健一さん、小谷野敦さんなどで、樺山鉱一さんと中沢新一さんの対談も掲載されています。特集以外の記事も、たいへん読みごたえがあります。ぜひご一読を。

ここでは、松本さんの論考「日本近代史と網野史学」を読んでいて、「そうだったのか」と驚いたことをメモしておきます。知ってる人は、すでに知っているんでしょうけれど。

同論考は冒頭で松本さんは、網野さんとの出会いについて触れつつ、以下のトピックを紹介しています。まず、網野さんは「昭和十九年に東京高等学校の高等科文科に進学されたが、このときの同級生にのちに日本テレビの会長になった氏家齊一郎氏や社会思想史の研究で知られた塚越登氏、やはり思想史研究で知られた生松敬三氏らがいた」とのこと。さらに「昭和二十年、十七歳のときの十月に、生松敬三ら東京高校の同級生とともに歴史研究会を始め」、網野さんと塚越さん、そして生松さんは、「社会科学を研究するだけでなく、共産党の活動にもコミットしていた」と松本さんは記します。

ここまでの話は、なんとなく知っていました。驚いたのは、そこから先です。それは、「網野さんの同級生だった氏家さんは、東京高校の一年先輩の渡邉恒雄さんから東京大学在学中に勧誘され、日本共産党に入党している。その後辻井喬さんを同党に誘った」ということが第一点。くわえて、「当時の共産主義的な青年と呼ぶべき、東京高校のグループがそこには集まっていた。なるほど、いまは片や新聞社とかテレビ局を経営していたり、片や中世史をやっていたり、社会思想史をやっていたりする。高校生のときから三十年、四十年と経ち分野は分かれてしまったが、かつては友だちづきあいをし、同じ思想的関心をもって研究会や運動をやっていた人びとの隠された結びつきがあること」に驚きました。

人のつながりというのは不思議なもんだなあ、としみじみ思いました。

ちなみに、松本さんが書いている東京高等学校(または東京高校)とは、東京大学の前身となった旧制高等学校のことであり、いま東京・大田区にある東京高等学校とは関係がありません。

蛇足ですが、網野さんと私は、ほんのすこしだけつながりがあったことを、いつかブログに書きました。リンクを貼ろうと思いましたが、記事が見つからないので、簡単に振り返っておきますね。

まず、私が神奈川大学の大学院に在籍していた当時、網野さんは同大の特任教授でした。かねてから網野さんの著書を読んでいた私は、網野研究室を突撃訪問し、カンボジアの農村について書いた修士論文を手渡し、「お時間ありましたら、ご感想を」などとお願いしたのでした。その後、感想を聞く機会はありませんでした。そもそも、多忙だった網野さんにそんなことをお願いするなんて、どうかしてますよね(笑)。いまさらながら、当時の自分のアホさ加減にはあきれます。

さらに、カンボジアから帰国した私は、ひとり出版社を立ちあげる前に、ある出版社の代表をやっていたのですが、網野さんはその出版社の著者のひとりでした。ほんとうに、偶然とはおもしろいものです。そして、その出版社では、網野さんと某教育学者の対談本を刊行することになっていたため、何度か網野さんと電話でお話する機会がありました。そのやりとりのなかで、「10年先まで、執筆予定が入っているんだよね……」とおっしゃっていたのが印象に強く残っています。網野さんが亡くなったので、その企画は実現しなかったのは、いうまでもありません。


新書館「大航海」ウェブページ→ http://www.shinshokan.co.jp/daikokai/index_daikokai.html

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