双風亭日乗

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2008年2月 6日 (水)

デマと冷笑の「テレビ」で泳ぐ

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テレビって、プールに似ていますよね。スポーツクラブのプールでは、健康管理とか体力維持、そして減量などといった理由で、利用者はクラブにお金を払って泳ぎます。一方、テレビというプールでは、自分の言いたいことがいえないし、スポンサー関連の批判はできないし、(物書きの場合は)本業の時間が激減するのに、(物を書くより)お金をたくさんもらって泳ぎます。

スポンサー本意で大衆迎合的であるテレビというプールの現実を知らないうちは、出演依頼があると「私はあのコメンテーターとは違う」と意気込んで出演したりする方もいるのかもしれません。「やっぱり、テレビは影響力があるから」といって、自分は不偏不党だという熱意をもって出演するのかもしれません。

でも、レギュラーとかになれば、言いたいことがいえないことも、不偏不党ではいられないことも、かならずわかってくることでしょう。必要なのは、瞬間最大風速みたいな力量(その場にぴったりと合ったコメントを、超単純化して話す力)と、自分に与えられた役割(主婦代表、社会評論家代表、経済評論家代表、政治評論家代表、反体制代表、体制代表などなど)をうまく演じられるかどうかという演技力なのでは。

そうなると、社会派といわれたり、正義派といわれるような物書き(小説家、ライターなど)や学者は、言いたいことがいえないテレビというプールとは、そもそも相性が悪いのではないかと私は前から思っています。とはいえ、関西のテレビについては、やしきたかじんさんの番組のごとく、言いたいことがいえる番組もあるようですが。それは例外として……。

おそらく、その相性の悪さゆえに、物書きや学者のなかには、テレビ出演を避けている人もたくさんいると思われます。では、一部の物書きや学者は、相性が悪いというのに、なぜテレビというプールで泳ぐのでしょうか。私には、その理由がよくわかりませんが、それがお金でないことを祈っております。だって、本業がおろそかになるうえ、言いたいこともいえないけど、生活が向上したり豊かになるからやるっていうのは、ちょっとせつないじゃありませんか。

ここからが本題。『わしズム』冬号(小学館)の特集は「デマと冷笑の『テレビ』」でした。「テレビの偽装事件が多発しています」という討論記事に、ザ・ワイド(日本テレビ系)のコメンテーターを長年にわたってつとめた有田芳生さんが登場しています。

有田さんは、誰よりも早い時期から統一教会の取材をはじめ、同教会の問題点を批判したジャーナリストです。カルト宗教への取材実績から、オウム真理教がクローズアップされたときから、コメンテーターとしてテレビ番組に起用されはじめます。以降、「ザ・ワイド」のコメンテーターを12年ほど担当されていたようです。

その有田さんが、党派的には旗色の異なる小林よしのりさんが編集する「わしズム」に登場すること自体は、いいことなのではないかと思います。それで、テレビの問題点を鋭く指摘するわけですよ、有田さんは。

「ストレートなメディアだから、テレビは国民意識に大きく影響する」
「テレビが人の心の中にどんどん入るような仕組みになっている」
「きわめて卑俗で日常的な不平不満がテレビ視聴につながっている」
「目の前にいる専門家よりテレビを信じるという人も少なくありません」
「ワイドショーのスタッフを見ていると、真面目な人たちも当然いるんだけど、多くは良質な番組を作ることより、番組そのものの存続が目的になっています」
「最近は食品の偽装ばかりが叩かれていますけど、テレビだって偽装だらけなんですよ」
「とにかく結論だけ言わなきゃいけないんですよ」
(「わしズム」冬号、p64-71)

以上は、同誌における有田さんの発言をピックアップしたものですが、すべてごもっともです。これらの発言には、私がテレビ(とくにニュースやワイドショー)に感じている問題点が、ほとんど網羅されています。そんで、おそらく有田さんは、これらの諸問題や限界について、テレビに出演するようになった初期には気づいていたと思うんですよね。

にもかかわらず、12年間も出演しつづけたのは、いったいなぜなのか。そういう疑問が私の脳裏をかすめます。12年も出演しつづけたうえで、「テレビだって偽装だらけなんですよ」なんていえちゃうのが不思議です。だって、自分も偽装に加担していたと宣言しているようなものですからねぇ。

たしかに、ご自身のブログ上ではテレビの限界や問題点について触れることもありましたが、いったい何人がそれを読んでいるのでしょうか。コアなファンだけでしょう、それを読んでいるのは。私もときどきブログを読んでいましたが、なんだか有田さんが言い訳を書く場所になっているように感じていました。

同誌のテーマがテレビ批判だからって、それに同調するのではなく、長年テレビと関わった経験から、テレビのよい部分をアピールするような姿勢があってもよかったと思います。小林さんらと一緒になって、ただただテレビを批判するだけでは、「んじゃ、そのプールで長年泳いでいたあなたは、いったい何なのですか?」ということになってしまいます。

じつは、有田さんと私とはニアミスをしています。1990年に私が入社し、1年だけ在籍した出版社があるのですが、その出版社が有田さん編著の『日本共産党への手紙』という共産党批判の本を出したのが1990年。私が在籍していたときでした。この本は、共産党シンパからの共産党批判という意味では掟破りで、当時はかなり話題になりました。

統一教会および霊感商法への批判や共産党への批判など、「フリーでありながら、すごい仕事をしているジャーナリストだなあ」と、当時の私は思っていました。そして、そんな有田さんを私は尊敬していました。

テレビに出るようになった有田さんのブログには、有名人との交友録や高級食材の話、そしてジムのプールで泳いでいる話がやたらと多くなり、当初はブックマークしていた私も、ある時期から読むのをやめてしまいました。

もし、テレビというプールで長年泳ぐことを有田さんが望んでいたのなら、それはそれでいいんですよ。そうせざるをえなかった事情などが、あるかもしれませんし。とはいえ、そうなのであれば、雑誌の討論でまわりがテレビを批判しているからといって、自身もテレビを批判するだけじゃなく、擁護もしてほしてものです。その擁護する部分こそが、有田さんがプールで泳ぎつづけた理由なのですから。

ちなみに、同誌には「終わりなき『プロバガンダ戦争』の時代」という特集記事で、宮台真司さんと荻上チキさんが登場しています。

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コメント

有田さんが如何に「サッチー報道」が重要か熱弁していたのを思い出しました。

投稿: 鮭缶 | 2008/02/06 21:33:07