双風亭日乗

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2008年2月19日 (火)

安ければいいのか?

東京から大阪にいくなら、何に乗っていきますか?
乗り物と値段とをネットで調べてみたところ、以下のようなデータが得られました。

新幹線(のぞみ)→ 1万4050円(インターネット予約だと1万3200円)
飛行機(全日空)→ 1万1000円(搭乗前日までに予約する「特割」)
高速バス(ワンツースリー高速バス)→ 3900円


私は、新幹線しか使ったことがありません。飛行機は、ちょっと前まで高かったし、高速バスは、大阪着が朝なので敬遠していました。高速バスの3900円というのは、他の乗り物とは比較にならない破格。こんなに安いとは、知りませんでした。

こんなことが気になったのは、葉っぱさんのブログのコメント欄で、赤木さんが紹介していた以下の番組をYouTubeで観たからです。その番組は、2007年4月30日にNHK総合テレビで放映された「高速ツアーバス――激安競争の裏で」というNHKスペシャル。

YouTube→ http://www.youtube.com/watch?v=idafB7XUzPM

この番組の感想ですが、上記のとおり高速バスを利用したことがなかった私には、たいへん興味深い内容でした。2000年におこなわれたバス業界の規制緩和により、高速バスの業界がどのように変貌したのか。番組では、売上国内1位のバス・ツアー会社と、その下請けや孫請けをしているバス運行会社に密着し、問題点をあぶりだします。

バス・ツアー会社は、ネットを利用して売上を伸ばしているのですが、競合が多く、ダンピングも激しくなっていることから、運賃がリアルタイムで変動します。どこかが運賃を安くする。すると「ウチはそれより安く」ということになります。つまり、バスの運行にかかる諸費用ではなく、値段が先に決まってしまい、それに諸費用を合わせるという構造になっているようです。

市場経済である以上、市場が運賃を決めるという論理は、よくわかります。利用客が安い料金を求めており、そのニーズに合わせた商売をやってきたからこそ、番組で紹介されているバス・ツアー会社はシェアを伸ばしてきたのでしょう。でも、値段が先にあり、諸経費をその値段に合わせていたら、誰がどう考えても、クオリティは落ちるでしょう。

たぶん、クオリティが低くてもいいから、運賃が安いほうがいい、という利用客が多いんでしょうね。とはいえ、長距離を移動する高速バスは、生身の人間が運転してなんぼのものです。安い運賃を設定し、下請けや孫請け、そしてそこに勤める運転手を酷使した結果が、旅客輸送の基本の「き」である安全をおろそかにすることにつながれは、「安いほうがいい」なんていっていられないのでは。

私は、カンボジアでランドオペレーター(日本の旅行会社が集客した旅行者を現地で受け入れ、食事や車両、ホテル、ガイドなどの手配をおこなう会社)を1990年から2002年までやっていました。高速バスの仕組みでいえば、下請けか孫請けの部分になります。創業当時は、ほぼ独占で日本人観光客を受け入れていましたので、それほど価格競争はおこりませんでした。

すこしずつ治安がよくなってくると、いろんな旅行会社がカンボジア観光を取り扱うようになり、安売り合戦がはじまってきました。ランドオペレーターも乱立しましたね。そうなってくると、やはり「値段が先」の論理がまかりとおるようになってきます。旅行会社がランドオペレーターから料金を聞く前に、「この料金でやってください」と平気でいうようになってきました。

私の会社は、あくまでも安全かつ快適に旅行をしてもらうため、安売り合戦には参戦しませんでした。12年間をとおして、クオリティを保つための諸経費を計算し、それを元に旅行会社への卸値を決めていました。では、合戦に参加するとどうなるのか。

まず、ガイドの質が落ちます。ろくに日本語が話せないようなガイドは、料金が安いからです。食事もホテルも、質が落ちます。さらに、車両に関しては、高速バスとまったく同じ状況です。はじめに値段が決まっているので、安くてもやってくれるような質の低い車両を手配し、給料が安くてやる気のない運転手が運転します。

そうそう、よく海外のツアーでお土産屋をたらい回しにされるのは、(物を買わなくても)客をつれていくだけで、旅行会社やランドオペレーターがお土産屋からキックバックをもらえるからです。また、限界以下で手配した赤字分を穴埋めするために、売春まがいの手配や斡旋をしているランドオペレーターもたくさんありました。男性客には100ドルもらい、女の子には20ドルあげて、斡旋した会社は80ドルの儲けなんて話が、ごろごろしてました。

では、こうして「安かろう、悪かろう」のツアーをたくさん販売した旅行会社では、何が起きていたのか。ツアーを設定した時点からクレームを覚悟して、帰国後に強力なクレームをつけてきた客については「返金」する、ということをやるわけです。それでも、日本人観光客はやさしい人が多く、「悪かろう」を我慢してしまう人が意外に多いので、利益があがってしまう。現地のことがわからないから、「こんなものなのでしょう」と納得してしまう客も多いんでしょう。

安売り合戦i参加すると、旅行会社もランドオペレーターも「質より量」を重視するようになります。利益が薄くなるので、量をこなさなければ採算がとれなくなる。手配する側のホスピタリティが低くなり、移動時の安全も軽視されるようになる。現地で冷静に事態を見すえていると、そういう方向に、露骨に、カンボジア観光が向かっているのがわかりました。

合戦に参加しない私の会社は、まともなクオリティを求める旅行会社との取引のみを、継続するようになりました。具体的には、おもにJTBのLOOKやJALパック、遺跡調査団の諸手配、そしてテレビ番組制作の諸手配などに特化していったのです。ちなみに、上記でとりあげた安売り合戦の先頭を走っていたのは、ワールド航空サービスです。いまも先頭を走っているのかどうかは、知りませんが。

こうした経験からいえることは、何を買うにしても安いに越したことはありませんが、ある程度のクオリティが確保されたものというのは、安くするにも限界があるということです。限界を超えて安く設定されたもののクオリティは、確実に下がっています。そうなると、「クオリティを下げずに、安く設定できる料金の限界はどのへんか」を買う側がある程度、理解する(しようとする)ことがポイントになってくると思います。

結局、「運転手も車両も酷使され、いつ事故が起こるかわからない」ようなバスだが、運賃が安いから乗ってもいいやと考えるか、「運転手も車両も、限界まで酷使されていない」けれど少し運賃が高いバスに乗るのか、という話になるんでしょうね。私はそんなにお金を持っていませんが、前者のバスにはあまり乗る気にはなれません。これは、けっして「輸送業に関わる労働者の待遇を改善せよ」などというきれい事ではなく(それも大事ですが)、ただ単にトラブルに巻き込まれたくないから乗る気になれないということです。

番組では、バス・ツアー会社の入社式の様子が映し出されます。1万数千人のなかから、採用されたのは数十人なんだそうです。式のなかで、昨年の販売成績が目標に達成したことを嬉々として報告します。その報告に、新入社員が「おめでとうございます!」などと合いの手をいれていたのが、とても薄気味悪かったです。

社長は、運賃を安くしても安全は確保できる、と豪語していました。しかし、社長に雇われていた孫請けのバス運行会社で勤める運転手の疲れきった顔を見ると、「社長さん、そんなことを豪語しちゃっていいんですか」と思ったりもしました。そして、机上でオペレーションする側と、現場で運転する側の乖離を強く感じました。あまりにも現場をないがしろにしていると、そのうちツケがまわってくるんじゃないのかなあ……。


追記… 冒頭で紹介したYouTubeの映像は、6分割されたうちの1つです。ぜんぶ観たい方は、あと5つの映像も観てくださいね!

日乗 | コメント (2) | トラックバック (0) |

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安ければいいのか?:

コメント

古典的なアカロフのレモン市場的状況だと思うのですが、仮に「安く設定できる料金の限界はどのへんか」を買う側が理解したとしても、その限界値より上の値段を提示している会社が安全性を重視しているかどうかは分からないので(情報の非対称性)、解決にはならないように思います。高い料金を払っても質が保証されないのであれば、どうしても安い料金の会社に客は流れてしまいます。谷川さんが安売り合戦に参加せずにカンボジアで事業を続けられたのは、独占時代に個人的な信頼関係を築いてリピーターを確保したからだと思うのですが、どの会社にもできる方法ではないですし。解決策としては、信頼に足る認定機関のようなものを作って各社のサービスや労働条件を格付けするか、あるいは駄目なサービスを受けた人がガンガン苦情を言って返金を求めるようにするしかないのでは。

投稿: macska | 2008/02/20 0:19:35

マチュカさん、ごぶさたしております。そして、的確なコメントをありがとうございます。
たしかに、私が書いたことは「絵に描いた餅」かもしれませんね。それでも、企業の側には「利用者は安値を望んでいるが、ここまで値段を下げたら、安全が確保できない。よって、安くすれば売れるかもしれないが、踏みとどまった値付けをしよう」と思ってほしいし、利用者の側には「やけに安いけれど、安全性は確保されているのか」という疑念を絶えずもってもらいたいという願望があります。
最終的には、ご指摘のとおり、第三者機関や利用者が文句をいうことで、企業の姿勢を正すしかないとは思います。でも、「自分は大丈夫だ」と思って安値の高速バスに乗った人が、運転手の居眠り運転により事故を起こしてから、「自分は大丈夫じゃなかった」と考えても、手遅れであるのはまちがいありません。死んでしまったら、そんなことを考えることもできませんし。
この問題、中国産餃子の問題にすこし似ているようか気が、しないでもありません。

投稿: lelele | 2008/02/20 17:32:13