双風亭日乗

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2008年3月30日 (日)

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右の写真は、谷中霊園です。今年は開花が早まったからか、花見客はそれほどいませんでした。

道の両サイドに墓が並んでいるのですが、毎年、このシーズンになると、そんなのおかまいなしにどんちゃん騒ぎをやっています。

きっと冥土にいる方々も、歌って踊って、楽しんでいるんでしょうね。もし私が死んだら、葬式なんてやらなくていいから、宴会をやってほしいものです。


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こちらの写真は、上野公園。正確には、上野恩賜公園ですか。ここはテレビで紹介されることが多いので、開花が早まったとはいえ、すでに花見客でいっぱいでした。

日本に来てから、ずっと上野近辺に住んでいますが、なにしろ場所取りがたいへんなので、ここで花見をしたことはありません。

奈良時代が起源だという「花見」。昔の人は、どんな感じで花を見ていたのかなあ。

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2008年3月24日 (月)

ぜんぜん関係のない話ですが、この前、カラオケでジェロの「海雪」を歌いました(笑)。心にしみる、いい曲です。

ちなみに、そのあとに歌ったのは、アンジェロ「異境に咲く花」、クレイジーケンバンド「12月17日」(ゲーム「龍が如く2」エンディングテーマ)、スガシカオ「午後のパレード」、平井堅「Precious Junk」、BJトーマス「雨に濡れても」、そしてニコニコ動画で有名な「エアーマンが倒せない」(なんでこの曲がカラオケにw)などでした。

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2008年3月24日 (月)

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四谷シモンさんは、1944年生まれの人形作家、俳優。シモンさんの人形は、いろいろなところで紹介されています。きっと多くの読者が、どこかで、シモンさんの球体関節人形と出会っているのでは?

さて、友人が編集にかかわる「プリンツ21」という季刊のアート雑誌があります。同誌の最新号で特集されているのが四谷シモンさん。

掲載された写真を撮っているのは、篠山紀信さんや細江英公さん、そして加納典明さんら。寄稿しているのは、楳図かずおさんや佐野史郎さん、そして恋月姫さんら。豪華メンバーです。

シモンさんのことは、同誌最新号を読む前にも、なんとなく知っていました。しかし、くわしくは知りませんでした。これを読めば、作品のことから略歴、芸歴、人間関係、そして人形学校のことまで、ほとんどわかります。

同誌は全120ページなのですが、シモンさんの特集には、なんと89ページを割いています。まるで、ヴィジュアルで昭和のサブカル史を学んでいるような気になりました。

保存版です。ぜひご一読を!
3月26日発売です。


プリンツ21 → http://www.prints21.co.jp/

(ちなみに、この会社の代表は、「構造汚職」という言葉をつくった室伏哲郎さんです)

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2008年3月22日 (土)

このたび、会社を移転しました。あたらしい連絡先→ ここをクリック

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2008年3月20日 (木)

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斎藤さんと茂木さんの往復書簡ですが、茂木さんは「長考」に入っているとのことです。

「週刊朝日」3月28日号に「論争では『引きこもり』の茂木健一郎を斎藤環が叱る」という記事が掲載されました。その記事のなかで、書簡のルールを守っていただけていない茂木さんに対して、斎藤さんは「茂木さんは、あまりに不誠実。私は抗議します。涙目で」とコメントしています。

そして、同誌の取材に対する茂木さんの回答が「やりとりを楽しみにしていましたが、いろいろ詰めるべき点があり、結果として『長考』に入っています。斎藤さんには、お待たせして申し訳ないと思っています」でした。

このようにして、ようやく往復書簡に関する茂木さんの声を、なんと「週刊朝日」経由で聞くことができました。「お待たせして……」とありますが、6月に茂木さんの復信を掲載する予定でしたから、読者も斎藤さんも弊社も、9ヶ月ほど待っています。

この件に関しては、「できない約束はしないほうがいい」の一言につきます。テレビ出演や雑誌への執筆などで忙しい茂木さんには、仕事のプライオリティーがあるのでしょう。けれど、忙しいのは斎藤さんも同じことです。

斎藤さんも弊社も、すでに復信が届くことはないと思っていました。ところが、上記の茂木さんのコメントには、「お待たせして……」とあります。私としては、往復書簡は一往復でもいいので、斎藤さんの往信に対する茂木さんの応答がいただければと思っています。

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2008年3月17日 (月)

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1998年にメジャーデビューして、2006年に突然解散したヴィジュアル系のバンドのPIERROT(ピエロ)。そのバンドのリーダー兼ヴォーカルだったキリトが、PIERROTの解散後につくったバンドがAngelo(アンジェロ)。ちなみに、Angeloはイタリア語で「天使」の意。

そのAngeloが昨年から全国ツアーをおこなったのですが、昨晩の武道館公演でツアーはファイナルをむかえました。で、私はその公演を聴きにいったわけですよ。

満員の客席は女子率98%くらいで、サンボマスターのライブとは大違いでした(サンボは、男子7割で女子3割くらいかな)。18時開演で、唄と演奏が3時間近くつづきました。ヴィジュアル系のライブはいつもこうなので、もう慣れましたが(笑)

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2008年3月11日 (火)

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先日、ある出版社の知人が高橋源一郎さんとお会いする機会をつくってくれました。ありがたきしあわせな話です。せっかくの機会なので、赤木さんにも声をかけて、同席していただいたんです。

高橋さんは、いちはやく赤木さんの「丸山眞男をひっぱたきたい」(「論座」2007年1月号)という論文に注目し、多くのメディアをとおして同論文を世に紹介してくれました。双風舎にとっても、赤木さんにとっても、恩人といえる方です。

食事をしながら話をしたのですが、話のテーマでもっとも印象に残っているのは、物書きのキャラクター設定についてでした。赤木さんがいたので、おもに実社会や思想を論じる物書きの場合で考えてみよう、ということになりました。つまり、詩人や作家は、また別の話ということです。そして、超単純に二項対立でキャラクターの色分けをすると、こんな感じになりますか。

ヒーローか、ヒールか?
善玉か、悪玉か?
右か、左か?

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2008年3月10日 (月)

墨東病院の東京ERに運び込まれたのが一週間前のこと。その後、抗生剤を飲んで腸の炎症をちらし、現在、ほぼ完治しました。

それにしても、入院するときに看護師から、何度も何度も「保証人は誰ですか?」「ご家族は?」「身内は?」と聞かれて辟易しました。「いません」と答えると、看護師の表情が一瞬、曇るんですよ。入院を申し込む書類にも、保証人を記入する欄があり、「いない場合は、空欄でいいんですか」と私がたずねると、看護師は「ほんとにいらっしゃらないんですか?」なんていうわけです。

だから、はじめの看護師には、これこれこういうわけで「いません」と説明をしました。でも、時間が経つと別の看護師が来て、また同じことを聞いてきます。とにかく腹が痛かったので、このときはあまり腹がたちませんでしたが、あとから考えてみると「?」です。


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2008年3月 4日 (火)

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日曜の朝。起きてみると、腹部の右に痛みが走りました。そのうち痛みがやむだろうと思って待ちましたが、いっこうにやまず。痛みが増す一方なので、休日診療をやっている近所のクリニックへ。

まず、右腹部を触診。押したときよりも引いたときのほうが痛い。また、つま先立ちの状態からストンとかかとを床に落とすと、腹部に痛みが走る。こうして、虫垂炎の疑いがあるということになり、手術の設備がある病院に転院することになりました。

クリニックのお医者さんが病院に電話をかけますが、休日であることにくわえ、手術の可能性があるというやっかいな病人を受け入れてくれるところは、なかなか見つかりませんでした。

そうこうしているうちに血の気が引いて、冷や汗が出てきました。血圧をはかると、上が60。かなり低くなっていました。さすがに、意識が遠のいていくのがわかりましたね。お医者さんは、私をベッドに運び、足を高くして休ませてくれました。これで、何とか血の気がもどってきました。

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2008年3月 2日 (日)

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きれいな写真があったので、貼り付けておきます。アンコールワットで撮影された日の出の写真で、フリーの素材です。

時期にもよるけれど、朝の5時くらいにホテルを出発して、車で10分くらい走り、アンコールワットに到着。表参道を歩き、西大門を抜けたあたりで、しばしば朝日をながめたものです。

空の色の変化が、とても幻想的なんですよ。最初は、空がほんのり紫色になり、そのあと紫と赤が混じった色に。だんだん赤が濃くなって、最後は黄色。すこし雲があると、空の色に変化が出て、ベストなんですね。

はじめのころ驚いたのは、春分の日と秋分の日には、かならず中心塔の裏から太陽が出てくることです。よくぞここまで、きっちりと東西南北を把握して建築したもんだ、と建築当時の技術レベルの高さに驚きました。

カンボジアから離れて6年。そろそろいってみようかなぁ……。

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