双風亭日乗

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2008年6月27日 (金)

上野さんと本田さんのトークセッション、本日です!

本田由紀著『軋む社会』刊行記念トークセッション

<タイトル> 「次世代のためにすべきことは何か――超能力主義、家庭教育、そして若者をキーワードに」

<講  師> 上野千鶴子(東京大学大学院人文社会系研究科教授)
        本田由紀(東京大学大学院教育学研究科准教授)

<場  所> 三省堂書店神保町本店 8F特設会場

<日  時> 2008年6月27日(金) 18:00開場 18:30開演

<参加条件> 店頭またはお電話にてご予約のお客様、先着100名に整理券を配布。当日参加費として¥500をお支払いいただきます。トークセッションのあとサイン会を予定。対象本は特になし。持ち込みの書籍にサイン可。

<ご予約先> 三省堂書店神保町本店 4階(電話 03-3233-3312)

身体がふたつあったら、紀伊國屋ホールにもいきたいっす。

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2008年6月24日 (火)

秋葉原での事件を受けてか、最近、かなりの頻度で警官に職務質問をされるようになりました。こんな感じです。

警官「お急ぎのところ、すいません」
谷川「なんですか?」
警官「カバンの中を見せていただけますか?」
谷川「どうしてですか?」
警官「秋葉原での事件があったでしょう。あの事件のあと、ナイフの所持をチェックさせていただいているんですよ。ここは秋葉原の近くなんで」
谷川「私がナイフを持っているように見えるんでしょうか。どういう基準で、声をかける人を選んでいるんですか?」
警官「みんなにかけてるんですよ。もちろんナイフなんて持っていないと思うんですけど……」

ここまで対話をしたあと、この警官もこんなことは上からの指示でやっているんであって、やりたくてやってるんじゃないという雰囲気を感じたので、私はカバンの中を見せました。

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2008年6月23日 (月)

宮崎勤死刑囚の死刑執行にからんで、朝日新聞が2008年6月18日の夕刊「素粒子」欄にて鳩山邦夫法相を「死に神」と表現しました。

それに対して、ネットでは朝日新聞を「死に紙」と表現する人が出てきているようです。

【死に紙】

死に紙(しにがみ)は、朝日新聞に対して用いられるメディア用語で 、情報を中立な立場から正確に伝えるという本来の姿からかけはなれ 、メディアとしての機能が死んでいる状態を指す。

朝日新聞の時事寸評コラム「素粒子」において死刑執行を行なった鳩山法相を「死神」と表現したことに反発するネットユーザーの書き込みから生まれた言葉。

捏造記事やミスリード、低俗な内容、頓珍漢な論理展開など、過去の度重なる不祥事もあり一般大衆の間に定着している。

※中傷する意図は全くない

以上、探偵ファイルより


「死に神」 vs 「死に紙」。
おもしろいことを考えるもんだなあ、と思いました。こうしたパロディの発想をかいま見ると、ある意味ではネットの力を思い知らされたような気がします。あくまでも「ネタ」として、ですが。

朝日を上記の定義で「死に紙」とかいうのなら、ほかの新聞だって五十歩百歩で「死に紙」ですよ。ていうか、新聞全体が「死に紙」と化しつつあるというふうに、私は認識しています。

ですから、いまや朝日のみを取り上げて、誹謗中傷して喜んでいるのは、単なるいじわるな自己満足なのではないか、と思ったりするんですよね。まあ、朝日の記者の異様なプライドの高さを内部の人から聞いたり、プライドが高いわりにはつまらん記事が多いことを考えると、いわれても仕方がない部分もあろうかとも思ったりしますが。

じゃあ、テレビはどうなんだって?
「死に箱」がいいかと思いましたが、最近は薄型が増えているから「箱」というのには無理がありますか(笑)。

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2008年6月22日 (日)

さきほど、日テレの「THE サンデー」というワイドショーを見てたら、渡辺美樹さん(ワタミ株式会社代表取締役社長)が聞き捨てならないことをいっていました。

秋葉原無差別殺傷事件に関するコメントのなかで独自のトンデモ若者論を展開していたのですが、なかでも「日本は資本主義の社会なのだから、格差があることを前提にしなければならず、それを乗り越えていくことがたいせつだ」(あくまでも発言の大意です)みたいなことをいっているんですよ、渡辺さんが。

夢だ何だといいながら、従業員のやりがいを搾取している人、つまり格差をつくりだしている張本人に、格差があることは前提だなんていわれたくないっすよね。そして、そういう人を教育再生会議のメンバーにしてしまう安倍前首相の見る眼のなさにも、あきれてしまいます。

いずれにしても、渡辺さんみたいな人が全国放送のワイドショーで、教育について熱く語っている状況が謎ですし、彼を起用しているテレビマンの見識も疑わざるをえません。よろずの知識を持った人なんていないんだから、コメンテーターはテーマごとに専門家を呼べばいいのに。

なんでそれをやらないのか、報道やワイドショーをやっているテレビ関係者に聞いてみたいものです。万能型のコメンテーターがいたほうが、予算が安くなるのかな。それとも、いちいち専門家を探すのがめんどうくさいのかな。でも、いくら物知りだからって、やくみつるさんや真鍋かをりさんに原油高やら北朝鮮問題やらの適切なコメントを求めるのには、やはり無理があるでしょう。

一般の人が起きている時間帯に、テーマに沿った専門家を個別に呼んでいるのは、悲しいかなNHKぐらいのものになってしまいました。民放もテーマごとに専門家を呼ぶ番組があるけれど、その多くは深夜か早朝なんですよね。免罪符的でいやな感じです。

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2008年6月20日 (金)

Nspe
本日のNHKスペシャルに、本田さんがVTRで出演される模様。
この手の番組で本田さんがコメントすること自体、社会が軋んでいることのあらわれなのかもしれません。

NHKスペシャル
追跡・秋葉原通り魔事件

2008年6月20日(金) 午後10時~10時49分
NHK総合テレビ


6月8日、秋葉原の歩行者天国で起きた“通り魔殺人事件”。
17人を殺傷した加藤智大容疑者(25)は、殺人予告と凶行までのプロセスをネット上の掲示板で実況していた。このような“劇場型の殺人”はこれまで例がなく、その不気味さと凶悪さは社会を大きく震撼させた。

いったい、なぜ容疑者はこのような凶悪な事件を起こしたのか。彼の生い立ち、供述、ネットへの書き込み、周辺の証言などから浮かび上がってきたのは、今の社会の歪みを象徴するキーワードである。
「家族の崩壊」「”派遣”労働の不安」「社会からの孤立」。

今年3月に土浦で起きた通り魔殺人など、同様の事件は最近多発。当局も「これまでの犯罪ステージを超えた新たな段階に突入してしまった」と戸惑いを隠さない。

6月8日、容疑者はなぜ社会に対する“テロ”を引き起こしたのか?
犯行に至るまでの軌跡を徹底的に追跡、解剖し、事件の真相に迫る。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080620.html

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2008年6月19日 (木)

アマゾンの『軋む社会』のページに、同書のレビューがひとつ掲載されています。「本田由紀入門」という表現など、同書を紹介する際に、私の言葉が足りなかった部分を補っていただいているようなレビューです。また、出版社の者としても、出した本がこうして的確に読み解かれることは、至極の喜びでもあります。

以下、レビューを全文引用します。misoraさん、すばらしいレビューをありがとうございます。

崩音!?
2008/6/12
By misora

本書は、本田さんが、ここ数年間に発表された小論やコラム、対談を集めたもの。
専門的な単著もたくさん出されているが、それらに比べると本書は、かなり読みやすくなっており、”本田由紀入門”に最適だろう。

本田さんは、混沌としつつも、不安に満ちた「教育・仕事・若者の現在(副題)」から、「ハイパー・メトクラシー(超能力主義)」化への警鐘、「柔軟な専門性」の提唱、「<やりがい>の搾取」など、学者らしい切れ味のある抽象概念として問題を浮き上がらせてくれる。
それらは、決して理解が難しいものはなく、ごく日常的に、わたしたちが、やりにくいな、おかしいな、もっとこうあればいいのにな、と感じているものと同じだということに気がつく。

調査研究の成果を元に展開される論理の一方で、書かれた言葉の細部には、現状へのもどかしさ、それでも立ち向かう強い意志、正義感など、学者的というよりも、むしろ、人としての熱い願いに満ちあふれている。どうよ、どうよ、これでもか、と、学者としては、めったにないほど、想いをストレートに斬りつけてくる。

社会の軋(きし)みは、少しづつ、マシになりつつあるんだろうか。非正規雇用労働者の労働組合への参加が呼びかけられ、書店のベストセラー・コーナーには、かっこいい装丁をまとった『蟹工船』が並べられている。追い風はあるのかもしれない。

だが、現状の構造を変化させるには、ちっとも足りない。若者や労働者が、不安のない暮らしができるように、できれば、個人の適性や、生活スタイルにあうように。社会はやはり、すべての人にとって、より過ごしよい方向に、変わるべきだ。

「それを、あなたも、どうか手伝ってくれませんか」と、本書は締めくくられる。

”想い”は、困難を乗り越え、形にしなければならない。軋(きし)みは、より明確に鳴り響く。
それは、本書に共感を持つ者の課題となって。瓦解させてはならないものと、瓦解させるべきものを見極めつつ。

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2008年6月18日 (水)

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当たり前の話ですが、前年度の源泉徴収票にもとづき、所得税と地方税、そして国民健康保険料などが計算されますよね。で、私は自営業なので、「通知書・納付書」というのが送られてきて、確定した支払額を毎月、コンビニとか郵便局で支払うわけです。

先日、「特別区民税・都民税」の納付額を確定したという通知が来て、本日、「国民健康保険料」の納付額が確定したという通知が来ました。まあ、これと年金を合わせれば、毎月、公的機関にどれだけ支払うのかがわかります。

その支払額の合計がわかった途端、腹が立ってきました。誰にぶつければよいのかわからないし、ブログに書いても意味がないのかもしれませんが。では、何に腹が立ったのか。

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2008年6月17日 (火)

先日、社員が230人くらいいる出版社の編集者とお話をしました。
その方とは、約5年ぶりに会ったのですが、「双風舎がいままで続いているとは思っていませんでした」といわれてしまい、リアクションに困りました(笑)。

そりゃそうですよね。長年、大手中小出版社に勤務し、ある程度の著者との関係をその出版社でつくり、そのあと独立したわけではありません。文科省の科学研究費などを使い、大学の先生や院生の博士論文など、あまり商業ベースにのらないが、確実に利益になるような本を出しているわけでもありません。

だから、弊社がいままで続いているのが不思議だと思っている業界の人は、けっこう多いのかもしれません。たしかに、ひとりで出版社をやるなんてこと自体が、正気の沙汰ではなく、十分に傾(かぶ)いていることは、5年くらいやっていると自覚してきます。

そしていまや、傾(かぶ)くのなら、徹底的に傾いてやろうと思うようになっております。「一度きりの人生さ、悔いのないように生きようよ」(関ジャニ8の「関風ファイティング」より)って感じですか(笑)。

一方で、5年の経験が活きているのか、企画の選択はかなり慎重におこなうようになりました。また、商業広告をまったく出さないなかで、いかに本の存在を世に知らせることができるのか、という点についても、すこし知恵がつきました。

何よりも、弊社がいままで存続しているのは、読者のみなさん、著者のみなさん、書店のみなさん、取次のみなさん、そして業者のみなさんのおかげなんですよね。

この場をかりて、皆々様に、深く深く感謝いたします。

そして、引き続き、弊社の書籍をよろしくお願いいたします!

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2008年6月12日 (木)

明後日の広田さんと本田さんのトークセッションですが、学生さんの参加は無料にさせていただきます。
たぶん高校生はいらっしゃらないと思いますので、該当するのは大学生と大学院生ですね。
当日、受付で学生証を提示してください。

当日は、教育と仕事に関する最先端の議論が聴けると思います。ふるってご参加くださいませ。
以下、トークの詳細です。

本田由紀著『軋む社会』刊行記念トークセッション

<タイトル> 「教育のいま、家族のこれから」
<講  師> 広田照幸(日本大学文理学部教授)
        本田由紀(東京大学大学院教育学研究科准教授)
<場  所> 三省堂書店神保町本店 8階特設会場
<日  時> 2008年6月14日(土) 14時開演
<参加条件> 同店にて『軋む社会』をご購入いただいたお客さま。
        トーク終了後、サイン会があります。
<内  容>
2006年は、教育基本法が改正され、教育再生会議が設置されるなど、日本の教育に激震が走った年であった。
教育の現場からは、制度の改正のみならず、度重なる指導要綱の変更について、ため息まじりの声が聞こえる。
子どもたちは、教師らのとまどいに気づきながら、黙々と授業をうけている。
あれから2年。教育の何が、どのように変わったのか。
この対談の第一のテーマは、ずばり「日本の教育事情」。日本における教育の現状を批判的に確認しつつ、今後のあるべき姿を考えることである。
また、学校教育の費用や通う塾など、教育費を捻出している家庭である。
さらに、勉強以外の教育ともいえる「しつけ」の現場は家庭だといえよう。
教育と家庭は、切りはなして語ることはできない。
対談の第二のテーマは、「家庭教育」。『「家庭教育」の隘路』(勁草書房)を上梓した本田の問題提起を軸に、家庭教育の現状を確認する。そして、その問題点をあぶりだしたうえで、日本の家族像の未来図を予想する。

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2008年6月11日 (水)

秋葉原での無差別殺人犯。
犯人の経歴から職歴、ネットの書き込みまで、ワイドショーがくわしく報じています。犯人が殺人を犯した事実は問題であり、罰せられるべきでしょう。


しかし、犯人の個人情報を必要以上に報じることは、ある種のいじめに見えます。まるで、もてない男やワーキングプアのなれの果てみたいな扱いだし。

それに、硫化水素の自殺と同じで、報じれば報じるほど真似する人が出てくる可能性も高まります。マスコミが被害者の写真をさらし者にするのも、どうかと思いますね。

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2008年6月10日 (火)

論創社さんのウェブページで、「出版状況クロニクル」という小田光雄さんの連載がはじまりました。すばらしい試みだと思います。同連載では、一カ月ごとに出版業界のおもな動きが紹介されるようです。

小田さんは出版業界にくわしい評論家(出版社も経営)で、『出版業界の危機と社会構造』や『出版社と書店はいかにして消えていくか』などの優れた著書があります。

以下、拙ブログの読者に向けて、「出版状況クロニクル」(2008年4月1日~5月20日)のいくつかのトピックを引用させていただいたうえで、私がコメントをくわえてみます。なお、〔〕内は小田さんによるコメントです。

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2008年6月 7日 (土)

赤木智弘さんと杉田俊介さんが、杉田さんのブログで論争をしています。

http://d.hatena.ne.jp/sugitasyunsuke/20080526/p2

これを読んで、こんなことを感じました。
たとえば、ドイツでナチスを組織したヒトラーが、じつはとても気が弱くて、やさしくて、一対一の人間関係においては信頼のおける人だったとします。しかし、だからといってユダヤ人虐殺という彼の政策の間違いは免罪されることはありません。カンボジアのポル・ポトもそうですが。

つまり、ある人の内面の問題と、ある人が起こした(または、その人に起きている)状況は、分けて考える必要があると私は思うのです。ヒトラーやポルポトについては、彼らの内面はどうであれ、彼らが起こした悲劇についての責任はある、ということです。

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2008年6月 7日 (土)

法政大学の白田秀彰さんは、おもしろい方です。昨日、白田さんは以下のような文書を、みずからのウェブページで公表しました。

単純所持宣言 / その他、性規制について
http://orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/childpo.htm

上記文書の「web魚拓」
http://s02.megalodon.jp/2008-0606-1158-37/orion.mt.tama.hosei.ac.jp/hideaki/childpo.htm

一般的にいって、世の中や一般社会との接点を持ったり、時事問題にコメントしたりすることを避ける「学者」さんは意外に多いんですよね。

その理由は、第一に、授業や研究、そして学内事務などで一杯いっぱいあること。第二に、世の中や一般社会とほとんど関わりのないような、縦割りでタコ壷化した専門領域を研究している場合、時事問題などに口の出しようがない場合もありましょう。

ゆえに、みずからの授業・研究・学内事務(学内政治とかもあったり?)を超えるような活動は、スルーしたり断ったりする「学者」さんが多くなる、ということなんだと私は思っています。そういった「学者」さんは、まるで蟄居のようなかたちで「学者」生活をおくっているんでしょう。

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2008年6月 5日 (木)

http://www.tanteifile.com/newswatch/2008/06/05_01/index.html

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2008年6月 3日 (火)

本田由紀著『軋む社会』の刊行を記念して、トークセッションをおこないます。
第1回の本田さんのお相手は広田照幸さん。そして、第2回のお相手は上野千鶴子さんです。

以下、トークの詳細です。ぜひご参加ください。

本田由紀著『軋む社会』刊行記念トークセッション

<タイトル> 「次世代のためにすべきことは何か――超能力主義、家庭教育、そして若者をキーワードに」

<講  師> 上野千鶴子(東京大学大学院人文社会系研究科教授)
        本田由紀(東京大学大学院教育学研究科准教授)

<場  所> 三省堂書店神保町本店 8F特設会場

<日  時> 2008年6月27日(金) 18:00開場 18:30開演

<参加条件> 店頭またはお電話にてご予約のお客様、先着100名に整理券を配布。当日参加費として¥500-お支払いいただきます。トークセッションのあとサイン会を予定。対象本は特になし。持ち込みの書籍にサイン可。

<ご予約先> 三省堂書店神保町本店 4階(電話 03-3233-3312)

<内  容>
5月に刊行した『軋む社会』で本田由紀は、教育、仕事、若者、そして家族を事例にしつつ、日本社会の軋みについて述べた。今回のトークセッションでは、本田が指摘するような仕事における「超能力主義(ハイパー・メリトクラシー)」と家庭における「教育」、さらに「若者」に関する諸問題の三点にしぼって対話を進めていきたい。

本田には、それぞれのテーマについての持論を展開していただく。そして、長年、ジェンダーの視点から日本社会を分析・研究し、提言をおこなってきた上野千鶴子には、こうした本田の議論をどのように受けとめているのか語っていただく。

いま、日本社会の何が問題なのか。私たちが次世代のためにすべきことは何か。おふたりの議論が化学反応を起こし、現代日本の軋みをあぶり出す。さらに、その化学反応は、軋みを緩和するためのヒントをも提示する。

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2008年6月 2日 (月)

1990年7月。カンボジアに到着した私がすぐに探したのは、当時6人しかいなかった日本人のみなさんでした。

そのなかの一人に、馬清(うま きよし)さんがいたのです。馬さんは、日本国際ボランティアセンターのスタッフとして、首都プノンペンの自動車整備工場で技術指導をしていました。

部屋を訪ねると、いつもニコニコして私たちを出迎え、冷蔵庫からハイネケンビールを取り出してくる、とても気のいいおっちゃんでした。カンボジアの行く末について話すと、「自立してもらうために、何ができるのか」と真剣なまなざしで語っていたのが印象的です。

私が同国に滞在した12年のなかで、何かあれば相談にいったり、議論をかわしたりするような、いわば同志のような存在が馬さんでした。まぁ、馬さんは私のことを、生意気な小僧だと思っていたのかもしれませんが。

私が同国を離れてからも、馬さんが「JHP・学校をつくる会」の現地代表として働いていたことは、風の噂で聞いていました。ところが……。

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