双風亭日乗

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2008年6月23日 (月)

「死に神」 vs 「死に紙」

宮崎勤死刑囚の死刑執行にからんで、朝日新聞が2008年6月18日の夕刊「素粒子」欄にて鳩山邦夫法相を「死に神」と表現しました。

それに対して、ネットでは朝日新聞を「死に紙」と表現する人が出てきているようです。

【死に紙】

死に紙(しにがみ)は、朝日新聞に対して用いられるメディア用語で 、情報を中立な立場から正確に伝えるという本来の姿からかけはなれ 、メディアとしての機能が死んでいる状態を指す。

朝日新聞の時事寸評コラム「素粒子」において死刑執行を行なった鳩山法相を「死神」と表現したことに反発するネットユーザーの書き込みから生まれた言葉。

捏造記事やミスリード、低俗な内容、頓珍漢な論理展開など、過去の度重なる不祥事もあり一般大衆の間に定着している。

※中傷する意図は全くない

以上、探偵ファイルより


「死に神」 vs 「死に紙」。
おもしろいことを考えるもんだなあ、と思いました。こうしたパロディの発想をかいま見ると、ある意味ではネットの力を思い知らされたような気がします。あくまでも「ネタ」として、ですが。

朝日を上記の定義で「死に紙」とかいうのなら、ほかの新聞だって五十歩百歩で「死に紙」ですよ。ていうか、新聞全体が「死に紙」と化しつつあるというふうに、私は認識しています。

ですから、いまや朝日のみを取り上げて、誹謗中傷して喜んでいるのは、単なるいじわるな自己満足なのではないか、と思ったりするんですよね。まあ、朝日の記者の異様なプライドの高さを内部の人から聞いたり、プライドが高いわりにはつまらん記事が多いことを考えると、いわれても仕方がない部分もあろうかとも思ったりしますが。

じゃあ、テレビはどうなんだって?
「死に箱」がいいかと思いましたが、最近は薄型が増えているから「箱」というのには無理がありますか(笑)。

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「死に神」 vs 「死に紙」:

» 「死に神」 鳩山 永世死刑執行人 ( 動画 ) トラックバック CASA ROSSA
朝日の 「 素粒子 」 でこうほざかれて話題になっているが、私は法相を擁護するつもりはないが、今回の件はチョットかわいそうだと思った。 ... 続きを読む

受信: 2008/06/24 22:50:08

コメント

鳩山法相の「殺される側にだって人権も人格もある。殺す側を責めるのは、殺された人々に対するぼうとく、侮辱でもある」という発言ほど、殺された者をぼうとく、侮辱した発言もあるまい。自分で殺しておいてよく言うよという感じだ。「ユダヤ人虐殺についてドイツ人を責めるのは、殺されたユダヤ人に対するぼうとく、侮辱である」と言っているのと同じだ。要するに殺してしまえばあとは殺す側の鳩山家が、殺された者の代弁までかってにできるのだとわめていてるのだ。戦前から多数の国民を犠牲にして、てめえだけ優雅な犯罪人生を楽しんできた鳩山家だから言えるとんでもない支離滅裂発言である。「国民など鳩山の都合でいくらでも殺してやるぞ。口封じしてからあとでオレがなんとでも言ってやるぜ。」という神に反逆する鳩山の傲慢さがよく表れている。

投稿: 松子 | 2008/06/23 15:08:16

↑のコメントに関していっていいのかはわかりませんがとりあえず。

虐殺と死刑の執行では同じ「ヒトを殺す」という行為であっても持っている意味合いが全く違う。
鳩山法相の発言自体、曲げてある。正確には、「犯した犯罪、法の規定によって執行された。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。執行された方に対する侮辱だと思う」という発言。つまり、死刑囚の方々は自分の犯した罪を償うために死刑にあった。それをまるで死神の無作為抽出で選ばれたかのように言うのは侮辱に当たると思う、といっているだけ。

さらに言えば、鳩山法相が死刑の最初から最後まで全部をつかさどっているわけではなく、裁判所で死刑、との判決が下された「死刑囚」の方々の刑執行に最終的な許可を与えるだけ。
いくらなんでも曲解がすぎる。

投稿: | 2008/06/23 23:51:05

単純に「鳩山さんは人殺し」なんていう言い方はあまりにも稚拙で驚きます。一番上↑からは単に「鳩山さんが嫌い!」という感情しかくみ取れません。こういった判断能力を欠き、血の気の多い人が犯罪を犯しやすいのかな、と思うと、ゾッとします。

投稿: | 2008/07/03 21:28:19