双風亭日乗

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2008年9月15日 (月)

「論座」も死んでしまった

前回のエントリーで「m9」の死を伝えましたが、「論座」(朝日新聞出版)もいま売っている2008年10月号で「休刊」となりました。最終号は買っておこうと思い、昨日、リブロ浅草店で同誌を購入しました。

「もったいないなぁ……」。まず、そう思いました。他誌のように「知名度」があり、「安定」した文章を書ける、「高齢」の筆者ばかりに書かせるのではなく、「U-40」企画に代表されるような、若手の書き手を見つけ、彼らに執筆の場を提供しつづけた功績は大きいと思います。

読売グループのボスであるナベツネや小林よしのりさんを誌面で登場させるなど、向こう見ずで突飛な企画も多く、「大朝日」の雑誌にしては、党派性やプライドなどよりも「おもしろさ」を追求する姿勢が垣間見られました。立ち読みをすると、表紙を見なくても「論座らしさ」のようなものが伝わってきたものです。

宮崎哲弥さんと川端幹人さんの「中吊り倶楽部」で、川端さんが「ミニコミでも採算が取れている雑誌はあるし、採算が取れなくても、身を削るようにして言論拠点を確保しようとしている人たちはいる」のに、「朝日みたいな会社が、『論座』のようなたいして金がかかるわけじゃない雑誌を赤字を理由に休刊する。これっておかしいでしょ?」と述べています。

川端さんはさらに、朝日の媒体で発言しているとは思えないくらい、朝日の悪口を言います。再販制という利権の維持、新聞社員の高い給料、自己保身にたけたエリート……。一方の宮崎さんが、まあこれも時代の流れだから致し方ないという感じで川端さんを諭しているのが印象的でした(笑)。

特集「最後のU-40」では、「論座」から生まれたフリーライターの赤木智弘さんが「最後に、念のために」という論考を書いています。この論考で赤木さんは、以前から私が持っていた「素人の乱」に対する抵抗感を、うまく整理してくれています。「素人の乱」に参加するためにはハイパーメリトクラシーが必要だ、と。

で、同誌の同号で「素人の乱」の方々と、『軋む社会』でお世話になったラッパーで小説家のECDさんが座談会をしていたりする。この「ちぐはぐさ」が「論座らしい」んですよね。やっぱり「もったいないなぁ……」。

いずれにしても、この四月から朝日新聞社は、「論座」を朝日新聞出版という子会社に押しつけ、あげくの果てに「ポイッ」と休刊にしてしまいました。同誌の編集長は、本社から出向した年配の記者であることが多く、ある意味では「社内天下り」の「名誉職」のようなポジションであるように、外部からは見えました。

そんな仕組みが、同誌休刊の遠因にもなっているのでは。やはり雑誌は、雑誌でたたき上がった人がつくらないと、なかなかうまくいかないでしょう。雑誌とは、編集長の権限とセンスが物をいう媒体なんですから、本社の優秀な政治部記者やら編集委員がポンと編集長になって、どれだけ役に立つのかどうか。それにしては、よくやっていたなあとも思いますが。

ところで、さきほどわざわざ「大朝日」なんて書いたのには、理由があります。いま読んでいる白石一文著『すぐそばの彼方』(角川文庫)の一節で、こんな記述がありました。主人公・龍彦の父親・柴田龍三は有名な政治家で、その父親と懇意にしている朝日の記者・阿部が、ふたりで密談をしているという文脈での記述です。その朝、龍三がアメリカ大使館で同国政府高官・レナードと会談したことに対し、阿部がツッコミを入れる……。

 「今朝は先生とレナードと差しで会ったんですか?」
 笑いながら、何気ない口調で訊いてきた。龍彦はこういう阿部の抜け目のなさが好きではない。朝日の記者に特有のものだ。読売や共同や毎日、東都、それに村松(谷川注…時事の政治部記者です)なども取材は取材で割り切って、雑談の時にはギブアンドテイクのやり取りは余りしない。しかし、朝日の記者は他社にない情報を持ってくる反面、きまって見返りを要求する。彼らにとってはすべてが社業なのだ。ふつうは、龍三のような国政の大物に会った時はおのずから国益を主眼とした観点で会話が進むものだ。役人たちにしても省益をはなれ、かなりフランクに意見を述べる。あの大蔵主計局の面々でさえも多少は裃を脱いで本音を明かしてくる。しかし朝日の記者は例外だった。龍三もよく「俺がいた頃もそうだったが、朝日の連中は御国より大朝日の方が大事だと思っているからな」と苦笑まじりに言っていた。(『すぐそばの彼方』70-71ページ)

大朝日にまつわる象徴的なエピソードです。こんな話も聞いたことがあります。朝日系列の某雑誌編集部に政治部記者が出向してきた。その記者は電話で応答する際に、自分のことを「朝日新聞社の、週刊●●(雑誌名)の、■■(本人名)です」と紹介するそうです。そんな彼は、雑誌プロパーの人たちからは、「あんなに朝日、朝日と連呼する必要はないよね」とか「でも、本社政治部の記者の彼から『朝日』の文字を抜いたら、彼の存在価値がなくなるんじゃない」などと苦笑されていたようです。

おそらく、朝日の記者にもいろんな人がいるのでしょうから、こういう人だけが在籍しているわけではないのでしょう。部署によって気質が違ったりもするんでしょうし。テレビや新聞の正社員の方々を見ていると、高い給料をもらっているのだから、身を粉にして働かなければならないという、ある意味で「捨て身」の姿勢が伝わってくることが多い。しかし、そこに思想があるのかといえば、「ん~?」と思ったり。まあ、思想がありゃいいってもんでも、ないとは思いますが。

そういえば、7月あたりに大阪朝日の記者から取材をうけました。戦争特集で赤木さんの論考を取りあげるので、裏話を聞きたいとのこと。もちろん応じましたが、その記者は見本紙を送ってくれませんでした。私は新聞をとっていないので、取材内容が記事にどう反映されたのかを知らずじまい……。大朝日とかはどうでもいいので、新聞記者としての最低限の配慮は、見せてほしかったですね。

最後に一言、「AERAはだいじょうぶなのか?」といっておきましょう(笑)。

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投稿: sirube | 2008/09/15 15:35:31

僕と要も取材受けましたけど、記事が出たことぐらい教えて欲しかったです…


マイミクの日記でだいたいの内容は知りましたが。

投稿: 鮭缶 | 2008/09/16 2:59:24

「論座」は、発売元が朝日新聞出版で、発行元が朝日新聞社でした。はてブで重隅していただいた方、ご指摘に感謝します。

投稿: lelele | 2008/09/17 1:44:26