2008年11月 2日 (日)
書き下ろしの価値
アマゾンドットコムの『軋む社会』の読者レビューで、「松下重悳」という方が同書のことを「新聞・雑誌に掲載された記事を寄せ集めた本だ」とご指摘なさっています。たしかにそうなんですが、単に「寄せ集め」たわけではありません。著者と編集者が徹底的に構成を考え、読みやすくすべく文章に手をくわえて、同書が誕生しました。
正直いって、「寄せ集め」という言葉の尻には、本は「書き下ろしでなくてはならない」みたいな「書き下ろし至上主義」が感じられます。そして、出版社をやっている私は、そんな「書き下ろし至上主義」などなんぼのもんか、と思っています。実際、書き下ろされた本でも、つまらない本はたくさんあるし、「寄せ集め」でもすばらしい本はたくさんありますから。
「寄せ集め」と同様に、書き下ろしではないという意味で馬鹿にされたり、書き下ろしよりも一段低く見られる傾向にあるのが「対談本」です。弊社は、よく「対談本」を刊行しますが、どんなに売れる本や評判のよい本をつくってみても、とりあえず新聞書評はスルーされます。一度、大新聞の書評担当者に話を聞いたことがありますが、対談本は基本的に書評の対象とはならないんだそうです。その記者は、コラムとして弊社の「対談本」を読書欄で紹介してくれたのですが……。
こうした大新聞の傾向も、ある種の「書き下ろし至上主義」に近いものがあるのだと思われます。私は、本の内容が「寄せ集め」や「対談」であることと、本の内容のよしあしとは、まったく関係がないと思っています。そもそも、小説にしろ社会評論にしろ学術書にしろ、「書き下ろし」の作品なんてどれだけあるのでしょうか。たとえば学術書なんて、いろんな大学紀要やら学術雑誌に掲載された論文の「寄せ集め」であることがほとんどでしょう。
そのように「寄せ集め」てできた学術書にも、名著がたくさんあります。宮本常一著『忘れられた日本人』(岩波文庫)など、あきらかに「寄せ集め」の書ですが、いまでも読者の心をうつ文章にあふれていますし、日本の民俗学を学ぶ際の基本文献にもなっています。
繰り返しますが、現在出版されている本は、圧倒的に「寄せ集め」が多く、「書き下ろし」など少数派なのではないでしょうか。つまり、いまや「書き下ろし至上主義」なんてものは、出版社にも読者にも存在しないと思うのですが。勘違いしないていただきたいのは、「書き下ろし」が少ない「から」、「寄せ集め」や「対談」でもOKじゃんと言いたいわけではなくて、どんな形態の本であるにせよ、内容で評価すべきだということを言いたいのです。
私自身は、本の評価をする際に、「寄せ集め」か「対談」か「書き下ろし」かなどという些末なことには、一切こだわりがありませんし、関心もありません。内容がよければ、それでよし。こうした評価の基準を人に押しつけるつもりはありませんが、本をつくる出版社の者としては、「寄せ集め」であろうが「対談」であろうが、はたまた「書き下ろし」であろうが、本の内容のよしあしで評価していただきたいと強く思っています。
同レビューには、「寄せ集め」のほかにも、著者をわざわざ「インテリ」と呼ぶなど、パブリックな場で発表するにはどうかと思う言葉が使われています。まあ、基本的にはどこに何を書こうとかまわないわけですが、パブリックな場で書いたものは、書いた側の姿勢がそのまま多くの人に伝わってしまうのですから、言葉の使い方には注意したいものだと、同レビューを読んでいて感じました。
日乗 | コメント (8)
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日本を代表する民俗学者の一人、宮本常一の著作集。(現在49巻まで刊行)その第1巻 続きを読む
受信: 2008/11/16 14:50:44
コメント
というよりも学術書は発表した論文を批判を受けて再構成するものですよね
指導を受けた老教授が「残念ながら書き下ろしになってしまった」とおっしゃっていました。
投稿: 鮭缶 | 2008/11/02 20:21:54
過剰反応では? Amazonレビューを読んでみましたが、レビュアーの方が「寄せ集め」であるという一点を判断基準に無価値のレッテルを張っている、というようには(少なくとも僕には)読めませんでした。

むしろ「それぞれの記事の主張が明確である一方、断片的という謗りを免れない」という指摘は、「寄せ集めの方法」=〈論文集の構成〉に対して向けられているわけですから、それに対して双風舎さんが「著者と編集者が徹底的に構成を考え、読みやすくすべく文章に手をくわえて、同書が誕生しました」とかって反論するのには、版元としての謙虚さを欠く編集者ナルシシズムを感じます。
投稿: IJN | 2008/11/03 11:17:39
何度も書いていますが、「謙虚さを欠く」とか「編集者ナルシシズム」などとお書きになるのでしたら、IJNさんがどんな方なのかを明らかにしていただけますか。そうしなければ、ネガティブ意見の言いっぱなしとなってしまいます。このブログでは、そうしないでくださいとお願いしているわけですから。それがブログ主に対する礼儀ってものでしょう、IJNさん。
私は、ネガティブ意見も大歓迎なんですよ。「だよね~」といわれていれば、いいってもんではありませんから。ただし、所在を明らかにしたうえで、の話です。
しかし、ほんとうにどれだけ注意をうながしても変わらないんですなあ。ネガティブ意見の言いっぱなしという状況は。
というわけで、時間がもったいないので、ルールを守って書き込みをしている方にはたいへん申し訳ありませんが、次回からはコメントを受け付けないことにします。
あしからず。
投稿: lelele | 2008/11/03 19:31:22
あなたのブログを日々隅々まで読んでいるわけではないので、そういうルールを設定しておられるとはつゆ知らず失礼しました。べつに論争とかそういう気合いの入ったものでもないのでどうぞ煮るなり焼くなり削除するなりご自由に。
「第三者から読むとこういうふうにも読めますよ」ということをお伝えしたいという気持ちもあって書いたものですから、自己定義としては「ポジティブなコメント」だったのですがね…。
投稿: IJN | 2008/11/03 22:27:21
ですから、言い訳をするのでしたら所在をあきらかにしてください。それだけでいいんですよ。なぜ、それをしないのでしょうか。それが、自分の発言に責任を持つということなんじゃないのかなあ。
そんなわけで、できれば、なぜ所在をあきらかにしないのかをお聞きしたいっす、IJNさん。今後の参考のためにも。よろしくお願いいたします。
投稿: lelele | 2008/11/03 22:43:05
あなたと話をするのがたのしくなってきました。「所在」ってどういう意味で使われているのですか? わたしの使い古した日日辞典には、「物事が存在する場所、すること、身分・地位」という意味が書いてあります。
とりあえず名前のことかなと推測した上でお返事しておくと、私の名前はIsac Jaque Nishimuraといい、日本に10年ばかり住んだことのある日系ブラジル人です。現在は祖国で教師をしていることもあって、『軋む社会』は未読なのがとても残念です…(とはいえこの本自体にはたいへん興味があり、google検索した結果こちらに辿り着いたわけです)。
投稿: Isac Jaque Nishimura | 2008/11/04 0:46:10
Isac Jaque Nishimuraさん、応答していただき、ありがとうございました。「所在」という言葉ですが、ようするに「書き手が誰なのかを特定できるような情報」ということなんですね。
たとえば、内部告発のように、書き手に対して「書いた文章の責任を持つために、所在をあきらかにせよ」といえない場合があります。いえない理由は、その人が書いたものには事態をいまよりマシにする可能性があるが、その人の所在があきらかになると、その人が不利な状況に追い込まれるからです。
その他のことであれ、匿名でなければ言いにくいことも、たしかにあろうかと思います。とはいえ、このブログでは、書き手には書いた文章に責任を持ってもらいたいと考えているので、前々回のコメントのような方針にさせていただいておりました。
ブログのよい部分には、ブログ主と読者が双方向で気軽に交流できるという点があります。一方、この長所は、一歩まちがえると「読者が匿名で一方的に文句をいえる」という短所に変わってしまいます。長所が短所にならないため、私は事あるごとに、前々回のコメントに書いたことを繰りかえし述べてきました。
いずれにしても、そろそろブログ本文を書くのが精一杯で、コメントへの対応がおろそかになりつつあったときでした。これを機に、しばらくは本文のみ更新することにいたします。
最後になりましたが、Isac Jaque Nishimuraには私のわがままを聞いていただき、名前や滞在国をお知らせいただいたことに感謝いたします。ありがとうございました。
投稿: lelele | 2008/11/04 2:24:46
わたしの最大の関心事であった最初の問いかけには結局お答えいただけなかったようですが、わたしが本書を未読である以上、有意義な対話にはならないでしょうからもうお忘れになってください。トーキョーにいる友人に頼んで来月あたり入手できたらよいのですが、最近は航空便も高額ですから。
あなたのまっすぐなお人柄に感動しました。今後もがんばってください。
投稿: Isac | 2008/11/04 9:41:55