2009年2月12日 (木)
連載第9回 「子猫殺し」再考 (本を出す理由 最終回)
『「子猫殺し」を語る』を出す理由④(最終回)
■違和感を持ったときこそ、冷静な対処を
さて、2006年8月19日に日経新聞夕刊プロムナード欄に、坂東眞砂子さんの「子猫殺し」というエッセイが発表されてからの約一カ月のあいだ、なぜネットや週刊誌であれだけ坂東バッシングが加熱し、坂東さんに罵詈雑言や誹謗中傷があびせられたのか。
坂東さんのエッセイは、昔の日本でおこなわれていたこと、また、いまの日本でも田舎ではおこなわれていること、さらに世界の貧しいといわれている地域でおこなわれていることなどを知らない方にとっては、たしかにショッキングな内容かもしれません。知らないこと、それもショッキングなことを、いきなり目前に提示されれば、違和感を持つ人がいてもおかしくはありません。
しかし、だからといってその違和感に対して、感情的に噴きあがったり、情緒的に怒りをぶつけたりする姿勢に対して、私は違和感を持たざるをえませんでした。坂東さんは、エッセイで読者をののしっているわけでもないし、読者を馬鹿にしているわけではないのですから。
■噴きあがることと批判とは別のもの
エッセイの内容に違和感があるのなら、どこに違和感があるのかを表明したうえで、きちんとした「批判」をすればいい。そのときに、自分自身と猫との関係について語ったうえで、その「批判」がなされれば、なおよいことでしょう。坂東さんのエッセイと、それを「批判」する人の文章を読みくらべた猫好きの人は、きっと猫の「生」と「死」について考えることになろうかと思います。
とはいえ、坂東さんのエッセイに対して出回った意見の多くは、「死ね」「本を燃やせ」「バカ」など、けっして「批判」とは思えないようなものでした。職業作家が自分の飼い猫と真摯に向きあったうえで書いた文章を、「論理が破綻している」などと平気で書いている人もいました。
坂東さんの同業者や「著名人・知識人」と呼ばれる人、そして有名ブロガーのなかにも、「論理が破綻」などと書いている人がいました。冷静になってエッセイを読みなおしてみると、坂東さんの論理が破綻などしていないことから、そういうことを書いた有名人は、いまとなっては冷や汗をかいているのではありませんか。
■私の関心は「坂東バッシングとは何だったのか」をあきらかにすること
いずれにしても、坂東さんのエッセイに含まれる何かが、猫好きと思われる多くの人々を坂東バッシングにいざないました。では、いったい何がバッシングに火をつけたのか。なぜ、あれだけバッシングが加熱したのか。そもそも、「子猫殺し」エッセイは、バッシングされるべきものであったのか。繰りかえしになりますが、そういったことに私は関心を持ちました。
つまり、私個人としては、「坂東バッシングとは何だったのか」をあきらかにすることが、この本を刊行する重要な目的であるといえます。
ここで、本の構成について触れておきます。坂東さんが日経新聞に連載したエッセイは、「生き物の生と死を考える」というテーマで書かれたものでした。ですから、「子猫殺し」というエッセイも、連作エッセイの一部分として読んでいただく。そのことにより、坂東さんがエッセイに込めた思いや考え方を読者に理解していただければと思っています。これが第一部です。
第二部では、おもに「人は人以外の生き物とどう向きあっていけばいいのか」という点と、「坂東バッシングとは何だったのか」という点について、三つの対談で徹底的に考えてみました。東琢磨さんと小林照幸さん、そして佐藤優さんのいずれにも、エッセイ全文を読み込んだうえで対談にのぞんでいただきました。
対談の現場に同席した私には、坂東さんと対談相手の方々との話を聴いているうちに、「子猫殺し」騒動をめぐるさまざまな疑問が氷解していきました。もちろん、何から何まで疑問が解けたということではありません。それは、『「子猫殺し」を語る』であつかっている問題は、そう簡単に答えの出るような問題ではなく、考えつづけることがたいせつな問題だからです。
■「子猫殺し」に批判的な方へ
『「子猫殺し」を語る』をどんな読者に届けたいのか。筆者の坂東さんや対談者の東さん、小林さん、佐藤さんのそれぞれが、届けたいと考える読者を想定していると思います。ここでは、私がこの本を届けたい読者について記します。
まず、2006年の坂東バッシングに違和感を持っていた人へ届けたい。子猫を殺すのはかわいそうなことだけど、あの坂東さんへのバッシングは常軌を逸している。なぜあのようなことが起こるのか。当時、そんなふうに考えていた方に、ぜひ読んでいただきたい。
つづいて、基本的には飼い猫(飼い犬)を去勢するのがいいと思うけれど、坂東さんのエッセイを読んで、去勢することが猫(犬)にとってほんとうによいことなのかどうか、すこしでも悩んだ方に読んでいただきたい。
最後に、人が猫や犬を飼ったら、去勢するのが当然だと考えている読者。つまり、飼い主の責任として、産まれた子猫を殺すのはまちがっていると考える方にも、ぜひ読んでいただきたいところです。この本では、去勢の可否のみならず、人と人以外の生き物の関係性について、徹底的に語られています。ですから、身近な犬猫の去勢に関する話を起点に、人が人以外の生き物とどう向きあっていくべきか、という方向で議論が進んでいけば、まさにこの本を出した意味があったことになります。
■そして、坂東さんをバッシングした方へ
2006年に、「子猫殺し」の文字を見て、情緒的に坂東さんをバッシングした方も、いまやクールダウンしていることでしょう。そういう方も、この本を読んでいただいたうえで、坂東さんの尊厳を重視したうえでの「子猫殺し」批判を展開していただければと思います。それが、論点を設定したうえで、論争をおこなうことの基本だと思いますので。
長々と書いてきましたが、私が『「子猫殺し」を語る』を出す理由は、こんな感じです。いろいろ書きましたが、ようするに、いま猫や犬を飼っているすべての人に読んでいただきたい。そして、人が人以外の生き物とどう向きあっていくべきかを考えるきっかけに、この本がなったらいいなあ、と思っています。
今回は、「本を出す理由」の最終回ですが、連載はまだ続きます。「子猫殺し」に関するリンク集、著者や対談者のコメントなどを掲載する予定です。
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