双風亭日乗

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2009年3月15日 (日)

被害の側から糾弾しても……

高橋和巳著『邪宗門』を読み終わりました。上下巻で900ページ。ひさしぶりに、ちゃんと本を読んだ気分になりました。

図書館に返さなければならないので、心に残る部分をいくつかメモしておきました。もっとも印象深いのは、「被害の側からだけ糾弾しても、それは人間が何であるかの認識にはほとんど資するところはない」という部分です。カンボジアでポル・ポト時代の虐殺を研究しているときに、私も同じことを考えていました。

以下、その一文が含まれる文章を引用しておきます。せっかくメモをとったので。かなり長い引用なので、興味がある方や時間のある方のみ、読んでみてください。千葉潔という青年が戦場から帰り、新興宗教の教主に指名され、前教主の書いたものを整理している最中の回想です。

だが千葉潔が行き悩んでいるのは、章句の問題ではなかった。夥しくちりばめられた着想を一つの構想にまとめる困難さのためでもない。机上での計画の綿密・杜撰よりも、一つの理想を制度として、あるいは目標として設定するためには、人と人とが信じあえる存在であるという大前提がいる。すべての共同作業、すべての道徳、すべての美が、ほとんど感傷的な人間信頼の上にでなければ成立しない。どんな心の歪みも辛抱づよい教育によって教化でき、窮地に立っても人は他者のことを心慮するという性善説。他者の犠牲にはならぬまでも、他者の苦悩を自分の心の痛みとして意識する存在でなければ、あらゆる理想主義的な計画は無意味なのだ。そして千葉潔は窮極のところ、それを信じることができなかったのだ。
 誰かに騙され欺かれ、人間信頼の気持ちを失ったというのではない。産まれた環境や育った条件があまりにも恵まれなさすぎたからでもない。むしろ恵まれぬ状況の中にも、宝石のように光る真実と善意のあることを、恵まれなかった故にこそ彼は人並み以上に知っていた。だがまた、人間を信頼するにはあまりにも恐ろしいものが、当の自分の中にあることをも、千葉潔は知っていた。心中の血をしたたらせた悪魔に気付かずにすごせる人は幸せである。それを無智と罵ろうとは思わない。だが万物は自己にそなわる。その自己の内部に巣くう恐ろしい悪の存在を知って、所詮は自己の影にすぎぬ他者を信じることは出来ない。座禅も心頭の滅却も、遂にその心中の悪魔を滅しえなかった。何故ならその悪は自らの生きようとする本能そのものに連っていたからだった。彼は彼の母を――いや戦争中にも、窮極には信じがたい戦友たちの行為と自己の心とを見ていた。とりわけ自己の内部の暗黒は、神は知らずとも自己自身が見ている。補給の見込みのない食料の減少を少しでも緩和するために、隊長の命令とはいえ、もはや抵抗できぬ捕虜を、玉砕命令が伝えられた直後に、彼は橋爪進らの隊員たちとともに惨殺していた。サイパンはすでに陥ちパラオも陥ち、追ってくる敵の上陸を前にして誰しもが正常ではなく、生きて帰れる望みもなかった。だが、それにもかかわらず、当時の状況をあげつらうことによっては弁明しえない悪しき心の動きというものもまた確かに存在した。
 東経一六五度、北緯ほぼ七度の南洋諸島の一つ。毎日繰返される爆撃に椰子の葉が珊瑚礁土に飛び散った孤島。隣りの××島に海軍の飛行場があり、彼の配置されていた島は小さな測候所だけの前哨警備基地だった。アメリカ軍には通信の発信位置は手にとるように解るのだろうか、ほとんど毎日ジャングルに覆した測候所の至近距離に爆弾をおとしていった。捕虜は不時着した偵察機の二人だった。一カ月ばかり彼らは椰子葉小屋に拘留され、本隊からは次の輸送船の便に乗せて護送せよと連絡はあった。だが、輸送船が来る、潜水艦がくるという連絡も、いつも連絡だけの空約束に終り、最後に、敵の機動部隊の大挙来襲に警戒態勢に入って、捕虜は適当に処理せよと命令があった。敵の上陸した本隊のいる島との通信はそれで途絶えた。すでに食料は一日百グラム。島内のトカゲもとり尽し、ジャングルもその半ばが灰白色の砂漠に変じていた。兵隊の大半はアメーバー赤痢と直撃弾に倒れ、しかも守備軍には僅かの対空連射砲とトーチカしかなく、敵に対して戦う手段すらなかったのだ。ただ一方的に弾丸の雨に襲われ、一方的に飢えるだけ……。そして「適当に処理せよ」という命令を、意気沮喪した兵士たちを励ますことに利用して、隊長は一カ月養った捕虜の処刑を命じた。一方的な戦いに疲労困憊した兵士が、玉砕を前に怒りをその抵抗しえぬ二人のオーストラリヤの傭兵に向けたのだ。波濤の高い外海からおどろな波の音が響き、灰白色の砂浜に白粉の花が咲いていた。椰子の樹にしばりつけた捕虜が目かくしされて何か叫んでいた。
 それから起こったことは、千葉潔にとっては直接的な形では思い起こすことはできない。記憶がその近くまで行き、砂浜の白粉の花、蒼い海、椰子の樹が浮ぶころ、意識のフィルムがぷっつりと切れ、きらきらと照りつける太陽が、フィルムの切れた空しい画面のように光るにすぎない。思い起こさないのではなく、確かに銃剣をかまえた一瞬、「死ね!」と彼は心中で相手に呟いていたのだ。その一瞬の呟きによって彼はごまかしようもなく加害者だった。そして、それ故に、逃げまどう敗残兵を執拗に追いまわす敵の飛行士の心理も、<解った>のだ。国家という機構の中に、戦争という状況の中にいたからだと人は言うだろう。だが、千葉潔には、たとえば原爆の使用を決定する書類に捺印するとき、トルーマンが、どういう微笑を浮べていたかが見えるのだ。復員して別府の埠頭におり立ち、さらに汽車に詰めこまれてその中の窓から、主要都市の壊滅の有様を見た時、被害者の悲惨だけではなく、加害するものの、ほくそ笑むような心理を、彼は二重うつしに見ていた。戦いがあり、被害がある以上、そこには必ず、被害者と同時に加害者がおり、しかもそれは同じ人間である。日本が中国で行った殺し尽し、焼き尽し、滅し尽す<三光作戦>は言うに及ばず、ニュルンベルグの裁判によって暴露されたドイツによるユダヤ人虐殺の報道にも、彼はむしろ加害者の精神のありようにこだわった。被害の側からだけ糾弾しても、それは人間が何であるかの認識にはほとんど資するところはない。すべての人はあらかじめ罰せられ自己中心の牢獄に入れられた囚人にすぎない。解決されるべきは、あらかじめ罰せられているその牢獄からなのだ。そして彼には窮極のところ、その方法が解らないのだ。いや彼は、自己の罪から逃れるつもりはなく、むしろ、母の肉を食った彼自身がそうであるように、すべての人間があらかじめ罰せられた人間であることを、ある怨みをこめて解らせてやりたかっただけかもしれなかった。
(『高橋和巳全集 第八巻 邪宗門(下)』、河出書房新社、p270-273)

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