双風亭日乗

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2009年3月25日 (水)

赤木さんのコメントに答えます

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「ミクシーの『坂東眞砂子不買運動』というコミュニティについて」というエントリーに対し、赤木智弘さんからコメントをいただきました。今回は、このコメントに応答してみようと思います。

まず、赤木さんのコメントを紹介します。

面白いことをしますねー。
まぁ、このコミュがまともに機能していなかったことは、
今回の本の発売すら把握していないことから、あきらかですね。
多分、谷川さんからメールが行って、始めて気付いたのでしょう。
今回のメールでこのコミュの活動が活発になればそれはそれで「批判の場」になる可能性はあるし、谷川さんからのメールを「理不尽」や「ネタ」としてしか扱わないのであれば、またすぐにでも「休眠状態」に移るのでしょうね。そうなれば空しいけれども「谷川さんの勝ち」ということになってしまう。

件のコミュの人たちには、「他人を批判する」ということには、それ相応の説明責任が要求されるということを知って欲しいと思います。
健全な批判が集まるといいですね。

投稿: 赤木智弘 | 2009/03/24 5:26:45

赤木さん、新刊『「当たり前」をひっぱたく』(河出書房新社)の刊行、おめでとうございます。私は、赤木さんの発する「時代の声」がとても重要なものだと思っています。いまは、いろいろと批判や反発があるかもしれませんが、50年とか100年も経てば、その声は貴重な資料として世の役に立つと信じています。

もちろん、いま売れないと生活できないのでしょうから、そんな悠長なことをいってはいられませんが(笑)。

さて、拙ブログへのコメントをありがとうございました。おそらく、赤木さんの言説に対する批判や反発は、「論座」においてサヨクのみなさんがおこなったように、また「子猫殺し」に批判・反発した人たちのように、その根っ子には文章を読んで抱いた読者の「不快」さがあるんだと思います。

ようするに、批判する側からいうと、「理屈じゃないんだよ」っていう話なんですよね。たしかに、私自身にも理屈を抜きにして「不快」になる言説や出来事はけっこうある。でも、そういうふうに感じたときこそ、自分の発言や意見には気をつけなければいけない、と考えています。


第一に、「不快」という感覚のみで流されてしまうと、理屈ぬきで物事が語られるようになるからです。つまり、思考を停止して、ただただ言いたいことや思ったことを羅列することが、なんとなく正当化されてしまう。

第二に、深く考える必要がないから、「不快」な人たちはすぐに多数派を形成する。こうして、批判される側の個人や少数派は、言説上では「殺される」ことになります。批判する側は、「不快」に同調する人がたくさんいるのだから、自分らは正しいと思い続け、批判される側を言説で殺そうが何をしようが、知ったことはない。

第三に、「不快」を長く抱きつづけることは少なく、たいていの場合は、すぐに忘れる。批判される側を言説上で殺しておきながら、しばらく経つと「そんなこともあったよね」という程度の認識しか持っていなかったりする。

人々が抱く「不快」さという感覚に乗じて、いろんな人たちが差別され、殺されてきました。ナチスドイツはユダヤ人差別という構造をつくりだし、ルワンダのフツ族はツチ族を虐殺する構造をつくりだし、クラスのなかの陰湿ないじめっ子は特定の子どもがいじめられる構造をつくりだす。

ようするに、「不快」だという感覚を抱いて思考を停止してしまうと、人はいとも簡単に残虐になれるし、残酷になれてしまう。だから、「不快」だと感じたときこそ、とんでもない方向に話が進んでしまう前に、思慮深く対応すべきなのではないか。私が『「子猫殺し」を語る』という本で言いたかったのは、その点につきます。私にとっては、その点を検証するのに、「子猫殺し」というテーマがちょうどよかった、という話なんです。

「不快」さを基準にした、批判される側に対する言説というのは、多くの場合「批判」ではなくて「文句」であることが多い。批判される側にいわせれば、「批判」だろうが「文句」だろうが、反発されていることに変わりはないのだから、きちんと批判や文句の理由を説明せよ、と考える。

しかし、「文句」をいっている人たちは、理由を深く説明するほど「論点」について考えているわけでもない。また、自分らは多数派で、「文句」をいうのは当たり前なのだから、説明責任を免責されていると勘違いしていることも多い。多くの人が「説明責任がない」と錯覚してしまうと、「文句」の渦に対して安直に参加する人が増え、思考を停止した言葉の洪水が押し寄せる……。

「これって、ファシズムじゃん」と私は思うわけですよ。そして、いったん以上のような構図ができてしまうと、「自分らは多数派だから正当」と勘違いしている人たちは、長期にわたってそのように勘違いしつづける。そういった傾向は、日本で部落差別や在日差別などがなかなか解決しなかったことを振り返れば、よく理解できるでしょう。

だから、長期にわたって勘違いをしつづけないためにも、「不快」という感覚を抱いたその場その時に、思慮深くなる必要があると思うのですが。

さらに、長期にわたる勘違いに気づいてもらうためには、どこかの時点で落とし前をつけなければならない。そういった思いを込めて、コミュの管理人さんにメッセージを発してみました。が、不発でした(笑)。

すくなくとも坂東さんからは迷惑だと思われているのに、「バナー用途」だからとかミクシーのなかでは少数派だからという理由で、そのまま放置しつづける感覚が、私にはよくわかりません。それとも、自分が「子猫殺し」批判という多数派に属しているときに、深い思慮もなく威勢よく立ちあげてしまい、いまさら引っ込みがつかなくなった、ということでしょうか。

自分がやっていることが、人にどのような影響を与えているのか。当たり前の話ですが、そのやっていることが起きていた当時と、時間が経過した現在とでは、やっている本人にとっても、やられている側にとっても、意味が変わっていることでしょう。

当時、やっている側は盛りあがっていて、「坂東さんを叩くのは当たり前だ」と思っていたとしても、いまはそのように思っていないのなら、「もうそろそろいいか」と思い直し、コミュニティをやめればいいだけの話なのではありませんか。坂東さんに対して悪意を発する必要をすでに感じていないのに、惰性で悪意を表明しているのだとすれば、それは坂東さんにとっては迷惑な話です。

あのコミュニティの人たちは、テーマは「子猫殺し」に限らず、もし自分が坂東さんのような立場になったら、あのコミュニティについて自分はどう感じるのだろう、と想像することはないのでしょうか。坂東さんの立場になるのは不可能ですが、ちょっと想像してみることはできるでしょう。

でも、そんなことをいうと、「想像してみたけど、自分が坂東さんの立場だったら、いまも叩かれて当然だと思っている」などといわれそうですね(笑)。けっきょく、いかりや長介さんではありませんが、「だめだこりゃ」がオチになってしまうのでしょうか。

「子猫殺し」再考 | コメント (16) | トラックバック (0) |

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赤木さんのコメントに答えます:

コメント

 こうした議論の場合は、なにをもって「勝ち」「負け」とするんでしょうか。その場の論理性だけをもって「勝ち」「負け」とするのなら、勉強している人や論理性がある人が「勝ち」になってしまいます。

 仮に「勝ち」だとして、それが自分の考えを見直すことや、相手がなぜ主張するのかを考える動機につながるのかな?あるいは、日常の行動を見直したり、考える動機になったりするんでしょうか?

 不快で感情的な反発だけならば、これまでの考えを余計に強化してしまうだけになってしまうかもしれません。議論するというよりは、主張しあうだけになってしまいます。

 ただ、結論がすぐに見いだせない問題については、あなたと私は考えが違う。違うけれども、お互い主張を述べ合うことに意味があることに同意することができれば、その後の発展があるかもしれません。

投稿: 渋井 | 2009/03/25 16:21:09

こんにちはです。
 谷川さんは「日本で部落差別や在日差別などがなかなか解決しなかった」と書いていますが、赤木さんは「それらの差別はほとんど解決しており、被差別部落出身者や在日コリアン(や女性)は今や特権者である」という認識だったのではないですか。かれはそのあたり認識をあらためたのでしょうか。かれの最近の主張をよく知らないので、もし認識をあらためたということでしたらわたしもかれに対する認識をあらためなくてはいけないのですが。
 それとも、もしかすると「なかなか解決しなかった」のは過去の話であり、現在では既にほぼ解決されている(つまり、部落差別や在日差別などほとんどないに等しい)、という意味で、谷川さんも赤木さんと同じ考えなのでしょうか?

投稿: macska | 2009/03/25 19:45:31

渋井さん、macskaさん、コメントをありがとうございます。
明日午前に更新するエントリーでレスしますね!|

投稿: lelele | 2009/03/25 22:52:56

macskaさんへ

あなたの興味として、私が現在、差別問題に対してどう言っているのか知りたいのであれば、あなたが勝手に調べればいいのでは? 谷川さんだってヒマではないのですから。
Webは以前のように公開されてますし、新しい単行本である『当たり前をひっぱたく』には、いろいろな媒体で書いた主な文章が網羅されています。双風舎の掲示板で河出の本を宣伝するというのも変な感じですが、お買い上げ頂ければ幸いです。
では。

投稿: 赤木智弘 | 2009/03/26 7:50:05

赤木さん、コメントをありがとうございます。
おっしゃるとおり、赤木さんが差別問題に関して書いた文章は、ウェブ上で検索すれば読めますね。これから公開するエントリーで参照させてもらいました。
とはいえ、最近はすこし時間があるのと、差別問題と「子猫殺し」騒動はつながっていることなので、macskaさんのコメントには応答します。
ご了承ください。

投稿: lelele | 2009/03/26 7:59:15

赤木さん、
 わたしは「赤木智弘の最新の思想」に特に興味を抱いているわけではありませんが、赤木さんの意見に応えるかたちで谷川さんが部落差別や在日差別の問題に触れたので、それは谷川さんは赤木さんの意見を受けて書いているつもりでも、実際には赤木さんの意見とは違うのではないか、と感じたのです。
 もちろん、「認識をあらためたのでしょうか」と書く前に、わたしはあなたのブログのURLを指定して「部落」「在日」などの単語で検索してみましたが、あなたの意見が以前と変わったことを示す記事は見つかりませんでした。が、赤木さんは今やいろいろなところに執筆されているので、わたしが読んでいない記事で何か書いている可能性もあると思い、過去のブログエントリだけで決めつけてはいけないと思って「認識をあらためたのでしょうか」と書いたのです。べつに、谷川さんに対して「わたしの代わりに調べてくれ」とお願いしたわけじゃあないですよ。
 『当たり前をひっぱたく』は興味はあるので機会があれば読みます。新著出版おめでとうございます。

投稿: macska | 2009/03/26 17:45:17

macskaさん

>谷川さんが部落差別や在日差別の問題に触れたので、それは谷川さんは赤木さんの意見を受けて書いているつもりでも、実際には赤木さんの意見とは違うのではないか、と感じたのです。

それはおかしいでしょう。
そもそも、元々の私のコメントはなんら部落や在日問題に一切触れておらず、谷川さんの記事でもあくまでも「ファシズムの1つの形」として、部落や在日の話を出しているに過ぎないわけです。谷川さんは私の部落や在日問題に対する意識など、まったく受けていません。
その全く筋違いのところを、なんでわざわざくっつけてコメントをされたのでしょうか?
ある人の書いた物から引用なり何なりして話を構築する人は、元の文章を書いた人の、すべての主義思想に対する責任を負わなければならないって? そんなバカな(苦笑)

冗談めかして言ってますけど、あなたのそうした行為は、言論行為そのものを萎縮させかねない危険な行為だと私は思いますよ。

投稿: 赤木智弘 | 2009/03/27 7:14:47

そもそも発端となった「子猫殺し」は、部落差別や在日差別と絡めて語らなくちゃいけないような問題なんですか?

出自や国籍で差別されることは、本人に何の責任もない以上、それは明らかに差別する周囲が「悪」であると言えます。

でも子猫を殺すかどうか、親猫に避妊手術をするかどうか、ひいてはそのことを書いて公表するかどうかは、飼い主(書き手)の自由意志なのでは?

本来個人の自由意志と責任にゆだねられるべき決断、およびそこから発生する結果にまで、「差別だ!」「ファシズムだ!」と批判するのは、単に問題の切り分けが出来ていないからのように見えます。

さらに、「大勢が一斉に主張すること=ファシズム=悪」というとらえ方も短絡に過ぎるような。

誰にとっても「不快」に感じられる行為というのはあるものであり、それを公表すれば一斉に批判されるのは仕方ありません。

作家ではなく一般人でも同じことです。
たとえば公務員がブログに子猫を焼却炉で焼き殺した顛末を面白おかしく書き込んで、大変なことになってしまった事件がありましたが、その件についてはみなさん、どのようにお考えになるのか、興味のあるところです。

「公務員」が子猫虐殺告白 2年前の日記でブログが炎上
http://www.j-cast.com/m/2007/12/10014365.html

大勢で一人を叩くのはファシズムだから、ネットの言論を規制せよ!
ということでしたら、こちらのほうが私などにはよっぽどファシズムであるように思えます。

他人を不快にさせる表現は「自由に」公表したい。
でもその結果、同じく不快な表現で自分が叩かれるという形で「責任」を取らされるのはおかしい。
そんな都合のよいユートピアなんて、どこにもないのでは?

投稿: 臥猫亭 | 2009/03/27 15:32:19

皆さんはじめまして

臥猫亭さん
このエントリーのキモは
「長期にわたってそのように勘違いしつづける。」部分だと
思います。自分の価値観と異なるものを嫌悪することを谷川氏は否定しておりません

投稿: ML115 | 2009/03/27 15:38:18

>ML115様
では、その「勘違い」であると断定される根拠は、と私も谷川氏におたずねしたいものです。
坂東氏による「子猫殺し」公表に対して当時多くの人が抱いた不快感は、たぶん年月が経っても少しも変わってはいないと思います。現に私がそうです。
また批判した人たちも「多数派だから」自分が正しいと思ったわけでもないでしょう。
「あれから時間が経ったから」「多数だったから」「あの時は単に勢いだったから」坂東氏を批判したのは「勘違い」でした。子猫を殺すのは何も悪くありません。
……まさかそんな展開になると谷川様も思っているわけではないですよね?
猫殺しへの批判はきっかけがあればいつでも再燃する性質のものだと思います。
「水に流す」というのは日本的美徳ではあるかもしれませんが、それはあくまでも処世術であって、知的な営為とは言い難いところが残念です。

投稿: 臥猫亭 | 2009/03/27 15:55:44

谷川氏が子猫殺しをどう思っているかはわかりませんが、私はその行為を間引きと理解しております。
http://blog.goo.ne.jp/yun26/e/41b6cbabe00884340e8da0ba2c20aee2

世の中にはこのような考え方をする人がいるんだなと
思う程度です。

なお私個人は動物は好きですが、自分より先に死んでしまう可能性が高いし、別れが悲しいので飼おうとは思いません。他人の家のペットを無責任になでて可愛がるのが関の山です。

投稿: ML115 | 2009/03/27 16:19:35

補足です。
よもや「長期にわたる勘違い」の根拠が、ミクシーの不買運動コミュが長期にわたって開店休業状態だから、ということではないですよね。
それでしたら、あまりにもミクシーに対するリテラシーがなさすぎではないかと。
ミクシーには長期にわたり発言のないコミュなんていくらでもありますし、当該コミュの性質上、一応(あくまでも一応)実名が基本のSNSでは活性化しにくい、という事情もあるでしょう。
その一方で2ちゃんねるにはあの事件からずっと続いているスレッドもありますし、そこにここのURLが貼られておりました。
「忘れていない」人たちもいるということなのでしょう。
ちなみに表現の不適切さにおいては2ちゃんねるの当該スレッドのほうがミクシーの不買運動コミュよりもはるかに悪質と思われますので、そちらにも削除要請を出されるのがフェアな対応であるかと愚考いたします。

http://love6.2ch.net/test/read.cgi/books/1156418823/l50

投稿: 臥猫亭 | 2009/03/27 16:20:39

言い忘れました。坂東みたいな考え方をする人がいるのだなと思う程度です。私や私の家族、友人にとって特段脅威になるとは思いませんし、彼女のような存在と同じ社会に共存することは可能だと思う程度の話です。あなたはどうですか?

投稿: ML115 | 2009/03/27 16:22:47

不快なものに不快だと表明する自由は尊重されるべきである。
これが表現の自由。
単に不快なもの(含都合の悪いサイト)を脅威、あるいは共存不可として抹殺をはかる。これがファシズム。
そう思っておりますが。ちなみに私もファシズムは嫌いです。

投稿: 臥猫亭 | 2009/03/27 16:31:32

>2009/03/27 16:31:32

了解しました

mixiのコミュは一時的な感情のガス抜きでその使命が終えたのなら閉じたら?というのは言論封鎖ではないのではと思います

坂東の猫殺しが不快な人は新たな燃料が投下された時にまたコミュを作り直したりすればいいだけのこと。

投稿: ML115 | 2009/03/27 16:45:49

 李下に冠を正さず、ということもあります。新たな本が出るこの時期にコミュの閉鎖を要望したりすれば、すわ言論封殺!と取られてしまう可能性も高いです。
 控えめに言っても賢いやりかたであるとは思えません。
 自分とは違う意見がすべて「ガス抜き」にしか見えないとしたら、それもいかがなものかと思いますが、こうして新たに問題提起の本も出たことですし、不買運動コミュが「使命を終えた」とも言えないのでは?

投稿: 臥猫亭 | 2009/03/27 18:50:48

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