双風亭日乗

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2009年4月15日 (水)

警察とマスコミの腐敗

Pochi
先日、ジャーナリストの寺澤有さんと食事をしました。寺澤さんが出した『報道されない警察とマスコミの腐敗』(インシデンツ)と弊社刊『「子猫殺し」を語る』がほぼ同時期に発売されたので、飯でも食いながらお互いの新刊を交換しよう、という話になったのです。

『報道されない警察とマスコミの腐敗』は、いただいてた夜に、一気に読んでしまいました。映画『ポチの告白』に関係する人々へのインタビュー集なのですが、かなりおもしろい。映画を観たときには、どのシーンがどの事実にもとづいているのか、よくわかりませんでした。

しかし、同書を読むと、「個々の警察による不祥事」と「記者クラブ制度のなかで疲弊しきったマスコミの実態」という事実で、映画全体が構成されていることに気づきます。

警察で、警官が偽造領収書を書くのも、裏ガネをつくられているのも、拳銃のやらせ押収がおこなわれているのも、すべてホントのこと。記者クラブ制度のもと、記者と警察が癒着しているのも、各社が他社よりすこしでも警察に気に入られようとしていることも、フリージャーナリストを警察情報から排除していることも、すべてホントのこと。

現職の警官でありながら愛媛県警の裏ガネづくりを内部告発した仙波敏郎さんや、退職してから裏ガネづくりを告発した元釧路方面本部長の原田宏二さん、長年にわたって警視庁で裏ガネづくりを担当した大内顕さんの告発など、警察関係者の証言からはあきれた警察の実態が浮き彫りになります。

とりわけ、元警視庁巡査部長の黒木昭雄さんが発したこの言葉が、印象に残っています。

「警察では、途中で退職した奴は食っていけないという教育をするんです」(『報道されない警察とマスコミの腐敗』、185ページ)

警察は、どこぞの新宗教と同じではありませんか(笑)。

その他、『ポチの告白』の監督や元朝日新聞記者、裁判官、弁護士、警察と関わるジャーナリストの発言が掲載されていますが、どれも興味深いものばかり。拙ブログの読者の方々にも、ぜひご一読いただければと思っています。

それにしても寺澤さん。ひとり出版社を立ちあげ、企画から流通までひとりでこなし、一冊の本をつくりあげたことに敬意を表します。そして、次回作も期待しております!

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コメント

マスコミが第四の権力と呼ばれて久しいが、このところの腐敗ぶりは目に余るものがある。自らを批判する存在が実質的には存在しないのをいいことに、国家権力に対する癒着、当局発表に頼りきった「報道」はもはや報道の名に値しないと言っていい。今や、マスコミは政府・国家と一緒になって国民を馬鹿にし、舐めきっている「体制」になり下がった。
マスコミ自体が「由らしむべし、知らしむべからず」状態に陥っている。「権力は腐敗する。絶対権力は絶対的に腐敗する」の言を俟つまでもなく、マスコミの本分は常に腐敗に傾きがちな権力を監視し、批判し、真実を暴くところにある。しかし、今のマスコミにそれを期待することは、もはや無いものねだりに堕した。
例えばの話、ついこないだの「小泉某劇場」の際の報道ぶりを未だに検証すらしていない。成程、太平洋戦争については、読売や朝日の検証作業があり、本にもなった。何故、その検証精神を現在の「権力」に対して行わないのか。「戦争報道の検証」は要はアリバイ作りなのか。
あれ程大騒ぎし、新聞社の人によっては「個人的に」反省してみせたりしているが、現在の一大危機を招いた一端を担いだのは紛れもなく、小泉某・竹中某の米国べったり路線だったのは誰の目にも明らかではないか。ここを検証せずして、どうして「先の戦争時の報道」を繰り返さないと保証できるのか。
「ブン屋」精神を取り戻すことは、もはや不可能なのだろう。実に情けないことであり、我々にとっては不幸なことだ。

投稿: 八波むとし | 2009/04/15 13:31:33