2009年4月 3日 (金)
蛭子さんいわく、「一般の人の怖さってスゴいですよ」

「週刊SPA!」2009年4月7日号の「今さらながら裁判員制度に大反対!!」という記事で、漫画家の蛭子能収さんが吠えています。
蛭子さんが裁判員制度に反対するおもな理由は、単に「面倒くさいから」というもの。また、「手紙が届いたら、強制的に行かなきゃいけないなんて、『赤紙』といっしょ」と、辞退できない仕組みを批判します。
もっとも興味深かったのは、蛭子さんが「裁判員になっちゃいけない人」と定義する人のこと。それは、どういう人かというと……。
「芸能人になってからわかったんですが、一般人の怖さってスゴいんですよ。自宅のピンポンとか平気で鳴らすし、窓に石は投げられるし、玄関の前に犬のクソは置かれるし……とにかく、世の中ってろくでもない人がいっぱいいるっていうことですよ。そういう人たちを裁判員にしちゃっていいものなのかな、って思いますよ。万が一オレが被告とかになったら、『コイツは芸能人だしいい気になってそうだし、死刑とか重い刑にしてやれ』とか、そういう考えの人が意外に多いんですよ」
(「週刊SPA!」2009年4月7日号、28-30ページ)
この蛭子さんのコメントを読んで思い出すのが、「子猫殺し」騒動で坂東さんをバッシングした人たちの振る舞いです。今回、写真で引用しましたが、同記事とともに掲載された四コマ漫画を見てください(同誌、29ページより)。
これは、裁判員たちが話し合っている様子を風刺したものです。1コマ目の「計画殺人だからね」という吹き出しを「子猫殺しだからね」に変更し、2コマ目の「でも殺された人もかなり悪かったかも……」を「でも避妊や去勢をしている人も、絶対に正しいとはいえないかも……」に変更してみましょう。
あっという間に、裁判員たちの会話が、「子猫殺し」反対派による坂東バッシングの構図に早変わり。ようするに、坂東さんの「子猫殺し」エッセイが、いとも簡単に過剰なバッシングをうけるような状況で裁判員制度をやっても、ろくなことはないということかもしれません(笑)。
蛭子さんはさらに、裁判官3人と裁判員6人でおこなわれる裁判員裁判について、裁判官主導のものにならざるを得ないと指摘したうえで、こう述べています。
「結局、裁判員なんてバラエティ番組のひな壇芸人みたいなもんですよ。そう考えると、声が大きくて、口がうまくて、バックの事務所が大きい人の意見が強くなる」
(同誌、29ページ)
うまい言い方をしていますね。そのとおりだと思います。そして、上記で蛭子さんが指摘する状況も、「子猫殺し」騒動が盛りあがったときの様子と同じではありませんか。
「バックの事務所が大きい人」がいたかどうかわかりませんが、「声が大きくて、口がうま」い人がネットでの坂東バッシングをリードしいつの間にかその声が「正義」のような雰囲気がかもしだされましたから。
私見では、裁判員制度を実施したほうがいいのかどうか、いまだによくわかりません。とはいえ、蛭子さんの指摘を読んでいるうちに、あまりにも「子猫殺し」騒動であきらかになった問題との類似点が多いので、「制度の実施は、時期尚早なのでは……」と思いつつあります。
日乗 | コメント (15)
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コメント
私も制度には反対です。
この漫画では、合議のようになっていますが、実際には多数決です。6人の裁判員と3人の裁判官で、多い方が決まります。
たとえば、議論の余地が多い事件で5:4で死刑になったとき、死刑に反対した人4人も含めて、死刑を宣告することになります。そこまで一般市民に覚悟させることは酷だなと思うからです。
現在の裁判でも、裁判官の多数決で決まるわけですから、裁判官自身も常にこうした覚悟をしていることが考えられます。しかし、彼らは仕事としてやっているのです。常に悩み、覚悟することが求められるものです。一般市民以上のものが要求されて当然です。
それと同じものを一般市民に要求するのはどうかな、って思います。
投稿: 渋井 | 2009/04/03 16:09:26
たしかに。
私は、「覚悟」の問題以前に、蛭子さんと同じく、自分も含めた一般人の思慮のなさや大衆迎合的な部分が気になります。
一般人は、ネット上であれ、いとも簡単に坂東さんを「死刑」にしてしまうような人たちですから。
でも、一般人の多くに対して、思慮を持つようになってもらうべくアクションを起こしたり、大衆迎合的でなくすような啓発をするのは不可能に近い話でしょう。でもこれが、おそらく裁判員制度を実施するための条件の、第一段階です。
そうなると、第二段階である「自分が他人の罪をさばく『覚悟』を持てるようになる」のも遠い未来の話なので、やっぱり現状では裁判員制度など、やらないほうがいいのかもしれませんね。
投稿: lelele | 2009/04/03 20:49:00
たまたま観た地獄少女ってアニメが、ちょうど日本的ムラ社会的な同調圧力とスケープゴートの話になってて、ああ幽霊の類より生身の人間のほうがよっぽど怖いな、という感じでした。
「この国は民度が低い、大衆は馬鹿ばっかだ」という感想もそれはそれで紋切り型すぎるのであまり言いたくないですが、でも実際そうなんじゃね?と思うこともあります。
投稿: yamazakura | 2009/04/04 19:14:54
yamazakuraさん、コメントをありがとうございます。
「地獄少女」、ぜひ観てみようと思います。
投稿: lelele | 2009/04/04 20:06:21
どうも初めまして。
> 日本的ムラ社会的な同調圧力とスケープゴートの話
正確には、「地獄少女 二籠」の中盤からラストにかけてです。
個人的に、本当に地獄のように虫唾が走る内容で、精神衛生上あんまりお勧めできませんが。
投稿: gallery | 2009/04/05 12:22:43
galleryさま、フォローありがとうございます。あれで恐ろしいのは、あれを観て怒りや不快感を感じる人も、誰もがあの家族を間接的に殺した人たちになりうる恐ろしさに気づいてないってことですね(もちろんぼく自身もです)。
「ここに出てきた、玄関に死ねとかいう貼り紙をして逃げる奴や、陰口をしながら徐々に家族を村八分に追い込む団地の主婦、病気の母親を診察せず間接的に死に追いやった病院、これらのモデルは、今まさにTVの前にいる、あなたです」というメッセージが込められていると思います。
投稿: yamazakura | 2009/04/05 19:34:58
一般人もさることながら蛭子能収さんの怖さもスゴいですよ。
えびすよしかず伝説
http://www5d.biglobe.ne.jp/~tayutomo/ebisu/newpage1.htm
ピンポンダッシュされる蛭子さんも「かなり悪かったかも」ですね。
話半分としても。
それにしても実際に生き物の命を奪ったと表明したのは坂東氏なのに、いつの間にか坂東氏のほうが「被害者」で「死刑」にされたということになっている。
なかなか興味深いです。
ところで坂東氏が自ら手を下して子猫の命を奪うことに関しては肯定的な谷川様が、国民みずからが裁判員制度によって他者の命を奪う決定をする可能性について否定的なのは、どうしたことだろうと思います。
子猫の生死を保健所や獣医にゆだねるのも、犯罪者の生死を職業的裁判官にゆだねることも、どちらも「自分の手を汚したくない」という点では同じだと思いますが?
投稿: 臥猫亭 | 2009/04/05 22:48:39
臥猫亭さん、
私には、裁判員制度の実施の是非が、よいか悪いか「はっきり」とわかりません。ですから、エントリーの本文には「思いつつあります」、コメント欄では「かもしれませんね」という言い方に留めているわけです。
さらに、増えすぎた子猫をどうするのかという選択肢については、「子猫殺し」も「避妊・去勢」も同列のことであり、どちらを選ぶかは趣味または差異の問題だと、これまでのエントリーで繰りかえし述べています。
ともあれ、臥猫亭さんは重箱の隅をつつくのが好きですね(笑)
こうした議論は、思いつきで適当に書いて重箱の隅をつつくのではなく、つつく前に、まずはつつく対象となる文章をよく読んでいただくとともに、関連する過去のエントリーを読んでいただければと思います。
そして、エントリー内容の重箱の隅をつつきたい場合は、重箱の隅をつつきたい部分について、ご自身はどう考えているのかを記すのが、他人のブログにコメントする際のマナーだと思いますが。
投稿: lelele | 2009/04/06 8:39:33
何をいうのかずっと見てましたが、重箱の隅ツツキとはね。
谷川さんもこーゆー揶揄でごまかす人だったんですねぇ。
「趣味または差異の問題」とおっしゃる方は
他人の趣味または差異についてはとても厳しいってことですねw
投稿: 消してもらってけっこう | 2009/04/06 10:52:25
谷川さま
重箱の隅について私の意見を明らかにせよとのことですが、重箱の隅が何をさすのかが明らかにされておりませんね。
重箱の隅つつきなどとカドの立つ(笑)物言いをなさらなくとも、もっと普通の言い方で指示することもできるのではないかと思いますが、もしもご自分の意見への反論が書き込まれるのを阻止したいという意図がおありになるのであれば、このような物言いは場合によっては逆効果であることを老婆心ながら申し上げます。
さて、重箱の隅については、「裁判員制度の是非」ということになるかと思いますが、私見としましては死刑判決の出る可能性もある以上、その重圧を裁判官にのみ負わせず、一般の国民も広く当事者意識を持つべきであるという考えについては賛成です。
子猫殺しについても、猫が増えすぎて困るのであれば避妊手術をする、あるいは崖から投げ殺すについても、飼い主の判断にまかせるべきでしょう。
ただし崖から投げ殺すについては子猫に生存のチャンスがまったく与えられていないため、たとえば物的証拠もないのに自白だけで死刑判決を下すようなケース、あるいは裁判なしの投獄&処刑が普通の国家と同様、その事実が「広く知られれば」、(国際)世論の反感を買うことは避けられないでしょう。
ところで谷川様は、子猫の生死については趣味あるいは差異の問題なので、普通の人間が判断して良い、だが、裁判員制度に関しては、普通の人が判断を下すことの是非が「わからない」とおっしゃっておられるかに見えます。
谷川様はいわゆる「一般人」の判断力について、どのように評価されているのでしょうか。
子猫を殺すかどうかの判断はしてもよいが、裁判員として判断をくだすについては「わからない」ですか?
もちろんこの質問に関しても「はっきりと」はわかりません、子猫なら問答無用に殺しても良いのではないかと「思いつつあります」、でも人間については考えたほうが良いの「かもしれませんね」、などの言辞により逃げ道を確保されるのはご自由です。
投稿: 臥猫亭 | 2009/04/09 9:40:53
きれいにシカトです。
投稿: | 2009/04/09 12:39:45
シカトされるのは一向にかまいませんが、なりすましと誤解されるおそれもありますので、お名前は書き込まれることをおすすめいたします。
有効な反論ができず無視するしかなくなった?などと、どなたかが誤解されてしまうのは、さすがにお気の毒なので。
投稿: 臥猫亭 | 2009/04/09 14:47:36
いやいや、どーでもいいので放置しているんですよ(笑)
このやりとりをつづけても、あなたが私を食わせてくれるわけでもないし、ほかにやることもたくさんあるし。
ただ、それだけのことです。
投稿: lelele | 2009/04/10 1:19:34
ついに本音が出たようで重畳です。
タヒチで殺された子猫なら私などと違って谷川様を「食わせてくれる」と。
ようするにそういうことですね。
生き物にとりたったひとつしかない命を奪って生きるしかないのは誰しも同じですが、食品関係ならともかく、出版で命を「飯の種」にされると激しい違和感を覚えるのは、どうしたことでしょう。
せめて子猫たちが浮かばれるよう、本が売れると良いですね。
ちなみに2ちゃんねるを読んでおいでならあるいはすでにご存知かもしれませんが、SPA!だけではなく週刊文春でも酒井順子さんが本を紹介されてます。
なお谷川様が今後も「無法地帯であるネットの言論」と戦い、坂東氏を批判する発言について広く削除を求めてゆかれるつもりがおありの場合を考えて忠告です。
いたずらに感情的かつ主観的に反応されるだけではなく、一応出版にかかわるお仕事である以上、もう少し論理的に思考されることをおすすめします。
たとえば谷川様には以下の三つの行為の区別がついているでしょうか?
1 生き物の命を実際に奪う
2(実際に奪ったかどうかはともかく)そのことを「事実として」誰にでも読めるメディアで広く公表する
3 ネットで誰かに対して「殺してやる」と書く(が実行はしない)
1は(悲しいことですが)セーフ。3は逮捕されます。2については、逮捕はされないかもしれませんが、ネットで批判が巻き起こるのは仕方のないことです。
以前に「グリーン車のタダ乗りをJRの車掌が見逃してくれない。頭が固すぎる」との主旨の渡辺淳一氏のブログが炎上したことがありますが、大多数が「甘えるんじゃねえ!」と感じる考え方というものはやはり厳然として存在します。
有名な作家であれば何を書いてもいい、叩くほうが悪いという考えは、甘えでしかありません。無名の中学生が「そのへんに落ちてた自転車借りただけなのにサツにパクられた。ひどくね?」とブログに書いても同じく叩かれます。
坂東氏だけではないのです。
昔の田舎なら誰でもやっていたと谷川様がおっしゃる「間引き」も、それを文字にして公表した瞬間に、意味合いが全く違ってきます。さらに社会通念が時代・地域とともに変化してゆくものである以上、あくまでも自分の価値観に周囲が合わせるべきであり、批判されるのは不当である、といくら主張されても、あまり効果はないかと存じます。
子猫の命でも何でも、いわゆる飯の種にして「食って行く」ことが最優先であると谷川様がお考えなら、以上のようなことは全くの無駄としか思えないかもしれません。しかし深く考えることなく書かれた文章もつくられた本も、読者にはいずれ底の浅さが見抜かれるものです。
生産者としてあまりユーザーを舐めないほうが良いと、それだけは申し上げておきましょう。
投稿: 臥猫亭 | 2009/04/10 7:46:20
反論あればしてくださいというのは、ただの方便のようですから。
投稿: 無駄 | 2009/04/13 12:42:00