2009年5月13日 (水)
テレビが「バカ」を量産している (後編)
さて、昨日のつづきです。
景山さんの『私は如何にして幸福の科学の正会員となったか』(太田出版)は1992年に書かれています。で、現在のテレビを観るかぎり、その時点から現在まで、テレビを制作する側のこうした姿勢(視聴者を見下した姿勢)は、まったく変わっていないと思います。
ていうか、「この程度」という場合の「程度」がどんどん落ちていると思うし、17年前よりも制作側が視聴者をナメてかかっているような気もします。景山さんは、テレビを作る側の姿勢を問いただします。
いま、テレビの制作サイドの人間で、出演者も含めてだが、いったいどのくらいの人たちが、視聴者に対して、訴えたいものを持ち、人に影響を与えるもっとも効果のある手段としてのテレビを通じてその思いを伝達しているかと考えると、おそらく十五パーセントにも満たないと思う。きちんとした意識を持ち、自分が伝えたいものを明確に把握しないで作っている送り手からの番組というのは、どんな視聴者を作るか? 忌憚なく言えば、「バカ」の量産である。思考停止に加えて、どんどん低次元の情報を送ることによって、社会の知的レベルを加速度的に下げているのだ。
(『私は如何にして幸福の科学の正会員となったか』、58-59ページ)
ここで景山さんが投げかけている問いを、ぜひとも現役のテレビ制作者、とりわけプロパーとして働く人たちに投げかけてみたいですね。景山さんはさらに踏み込んで、「バカ」量産システムの理由を述べます。
僕がテレビより小説を書くことの方に重点を置き始めたということの裏には、もうひとつ、理由がある。そのころ、テレビ局では局制作番組の本数をどんどん減らして、ほとんどを下請けに出すという状況が始まっていた。回された下請けは、それを自社で作らないで、また孫請に出してしまう。
要するに、時間を売るんだいう営業サイド重視の考え方が主流となり、その時間の売値は決まっているのだから、利潤を追求するためには制作費を下げるのがベストの経済効率を生むということになってきた。
そして、商品である放送時間がどんどん延長された。するとその結果として、番組の内容うんぬんよりも、まずその時間をなんとか埋めよう、という気持ちが先に立ってきてしまう。そちらの方に重点が置かれるという状況になってしまった。
そのために、番組のクオリティ、質は見る見る下がってきていた。その低下ぶりはものすごいものだった。そうしたクオリティの低下に、放送作家として果たして僕は歯止めがかけられるのか?
(同書、63-64ページ)
つまり、景山さんは92年の時点で、テレビの質の低下と、それにともなう「バカ」量産システムに嫌気がさして、放送作家から文芸の道へとシフトしたわけです。
「幸福の科学」がうんぬんということとは関係なく、17年前に景山さんが鳴らしたテレビへの警鐘は、いまでも、いや以前よりもいまのほうが、より傾聴に値するものだと私は思います。
と思いつつ、こうしたテレビへの警鐘が、『私は如何にして幸福の科学の正会員になったか』というタイトルの本に納められていることを、とても残念に思います。このタイトルで来られたら、テレビ制作に関わる人だけでなく、一般の人だって読もうとは思わないでしょうから。
だからこそ、微力ながら、インチキブロガーの私が紹介しているわけですが……。
私は、文筆デビュー作である『普通の生活』(角川文庫)からの景山ファンです。冒険小説はもちろんのこと、ときどき『トラブルバスター』シリーズなどを書棚から取り出しては、ケラケラ笑いながら読んでいます。
あの宗教に入ったから(または入っていたから)、あの人はダメなんて、安直に烙印を押してしまう人がいます。しかし、宗教は宗教、作品は作品なのではありませんか。あの人は、ときに宗教と作品を混同してしまうこともあるかもしれませんが、そんなのは観たり読んだりすれば、たいてい一発でわかります。
こんなことを書いている私自身は、テレビの「バカ」量産システムは17年前よりも進化し、巧妙になっていると考えています。ネットの登場により、テレビの役割自体が変容しているとも思います。ネットの台頭によりテレビが不要になるのではないか、という議論もあります。
私は、けっこうテレビが好きなので、なくなられたら困ります。テレビをなくさないためにも、そろそろ「バカ」量産システムをやめて、質の高い番組を制作することによって、視聴者からの支持を得られるようなシステムに転換していく必要があるような気がします。
いかがですか、テレビ局に勤める知人のみなさん?
日乗 | コメント (0)
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