2009年5月15日 (金)
就活中のあなたへ
本田由紀さんが「週刊東京大学新聞」(2009年4月28日付)に読みごたえのある文章を寄稿されています。「大不況下の就活 驕るな/社会と対峙せよ」というタイトルで、「うまくいっているあなた」には「驕るな」、そして「うまくいっていないあなた」には「社会と対峙せよ」というメッセージを送っています。
同紙の読者は基本的に東大生なので、この文章も東大生向けに書かれています。文末の「少なくとも知性という資源は手にしているはずのあなたであれば……」という部分に見られるように。とはいえ、他大学で就活中の若者に対しても、きっと本田さんは、ほぼ同じ内容のメッセージを送ることでしょう。
以下、ご本人の承諾をいただいたうえで、全文を引用します。そして、しばらくのあいだ、拙ブログのトップに掲載います。
大不況下の就活
驕るな/社会と対峙せよ
本田由紀(東京大学大学院教育学研究科教授)
■晴れの日は雨を思え
うまくいっているあなたへ。あなたは勉学面でも交遊面でも充実した大学生活を送り、世情が厳しい中での就職活動にも順風が吹いているかもしれない。でも、驕(おご)ってはならない。
今のあなたの状態は、むろんあなた自身の努力や才能によって勝ち取られた部分もあるだろうが、それ以上に、あなたが偶然にも様々に有利な条件に恵まれてきたことが大きく作用していることを忘れてはならない。
必要な場合には惜しみなく多面的な援助を与えてくれてきたご家族や、それによってあなたが自らを伸ばす機会を享受できてきたという事実を、肝に銘じなくてはならない。
そして、やはり偶然にもそれらの条件を欠いてきた人々が置かれている客観的な苦境や内面の揺れ動きに対して、可能な限りの理解と想像力を持たなければならない。この社会では、近年ますます、有利な諸条件が集中している層とそうではない層との間の分断が強まり、互いの離隔は拡大している。その結果、恵まれた生活環境の中で生きているものは、自分たちとは異なる現実の中にある人々を、容易にさげすみ無視し憎悪するようになっている。
有利な者ほど不利な人々に対する責任を担っているという「高貴な義務」の考え方は、日本では地に墜(お)ちている。
しかし実際には、あなたの現状は、苦境を受忍する数多の人々の犠牲の上に成り立っている。近年の経済状況のもとでは付加価値や利潤という果実は一部の層にしか手に入らなくなっているが、それらは来る日も来る日も延々と肉体や精神をすり減らしつつ社会と経済の作動を担っている人々が生み出しているものだ。
その認識を欠落させて傲慢な生を歩もうとする者たちは、いずれは自分が踏みつけてきたあれこれからの報いを免れ得ないだろう。すべてはつながっており、苦しみは伝播し、あらゆる層へと広がるからだ。
■「痛み」が生を実証する
うまくいっていないあなたへ。あなたは大学という不思議な場所に、強い違和感を覚えているかもしれない。また、この不思議な場所から外の社会に出てゆくための切符がなかなか手に入らず、もがいているかもしれない。
大学に入るまで一生懸命頑張って勉強してきたのに、その先の大学やさらにその先の世の中が、あなたを尊重することなく冷え冷えとした扱いをすることに対して、戸惑いやむなしさを感じているかもしれない。
あなたがどうすればうまくゆくかについて、魔法のようなアドバイスをしてあげることは、私にはできない。ただ、伝えておきたいことはある。ほぼ70年前に、吉野源三郎は『君たちはどう生きるか』という著作の中で、人間にとって苦しみがもつ意味について次のように書いている。
「心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるものだ。そして僕たちは、その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕らえることができる」と。
では、「正常な状態」を損なっているものとは何なのか。うまくいっていないあなたは、おそらく自分の苦痛の由来について、すでにさんざん自分自身を責めてきただろうと思う。「お前が悪い」「愚かなのはお前だ」という視線や物言いは、今のこの社会に満ち満ちているからだ。
でも、今必要なのは、自分の内部ではなく、自分の外部への吟味を始めることだ。苦痛の原因を、自分を取り巻くこの社会の中に探してみるということだ。そして原因が見つかったように思えたとしても、表相的な何かや誰かにそれを帰してしまうのではなく、さらにその背後について掘り下げて考えてみることだ。
また、原因が見つかったところでどうにもならないとあきらめてしまうのでもなく、自分に苦痛をもたらしているそれらを「正常な状態」へとにじり寄らせていくためにはどうするべきかという課題に、対峙していってほしいと思う。
そう述べるのも、今のこの社会、そしてこの世界では、幾多の問題がそこかしこで露わになっているからだ。特に世界の中でも独特なこの社会では、従来の教育や仕事や家族のあり方が、不可逆的な変化の中で機能不全を起こしており、それがあなただけではない膨大な人々に苦痛を生み出している。
そのことを指摘する言葉はすでにあふれるようにある。為政者や経営者ですら手詰まりに気付き、打開策を模索し始めている。
そうした状況下では、まさにあなたや他の人々の苦痛こそが、社会を組み立て直してゆく原動力となるのだ。苦痛から発する声を聴く準備は、さまざまな場所で徐々に整いつつある。
だから、あなたの苦しみは、無意味で孤独なものではない。少なくとも知性という資源は手にしているはずのあなたであれば、とりあえずのあなた自身の活路を何とか見出してくれるよう祈る。そしてその後も、自分が味わった苦痛そのものを、あなたの生の証左として、あなた自身とこの社会・世界の新しい物語を築いていってもらいたいと思う。
(「週刊東京大学新聞」2009年4月28日付、2ページ)
日乗 | コメント (1)
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コメント
私は現在地方大学の3年生で
この記事の中でいう
うまくいっていない者だと思います。
まだ就活はしていませんが
日常生活でなぜ私はうまくいかないことがこんなにあるんだろうと感じることが多いです。
憧れていた大学生活とは全く違う状況です。
自分が悪いのでしょうが、どこを直せばよいのか分からないのです。
毎日悩んで落ち込むの繰り返しです。
自分のことで精一杯で外に目を向けられていない、こんな状態で就活するのが怖くて仕方ありません。
投稿: とも | 2009/05/16 22:37:35