双風亭日乗

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2009年8月 7日 (金)

障害の当事者と語る

昨日、『発達障害当事者研究』(医学書院)の著者である綾屋紗月さんと熊谷晋一郎にお会いしました。森×想田トークのときに、「よりみちパン!セ」の方に紹介していただき、「今度、遊びましょうね」という話になっていたのです。

綾屋さんはアスペルガー症候群で、予備知識がなければ障害がある方には見えない。一方、熊谷さんは脳性マヒで、見れば誰にでも障害があることがわかる。そんな違いがありながらも、おたがいが障害の当事者として認め合い、無理をしない程度に足りないものを補い合っている。

おふたりが、とてもいい感じでパートナーシップを結んでいるのは、直接お会いしてよくわかりました。

それにしても熊谷さん。

家の入り口で、車いすに座っている熊谷さんを抱きかかえ、普通のイスまで運ぶ。イスからソファーに移動するときも抱きかかえ、熊谷さんが楽な体勢をとれるように、クッションをあれこれと入れ換える。すべて私にとって初体験。

カンボジアでは、自己満足で孤児院に支援物資を届けた帰りに、脳性マヒの子どもと冗談を言い合うようなことはありました。ところが、日本に帰国してからは、障害を持つ方と接する機会など、私にはほとんどありませんでした。

熊谷さんに会ってみて、ある意味でカルチャーショックのようなものを感じました。箸は上手に使うし、コップを持ってジュースを飲むし、串にささったやきとりも器用に食べる。そうした振る舞いは、おそらく練習とか訓練のたまものなのかもしれませんが、漠然と「何もできなくてたいへんなんだろうな」と考えていた私には、驚きの連続でした。

話題も豊富なので、話していても飽きない。障害を持つがゆえの悲壮感などみじんも感じられず、「エロに目覚めたのは、けっこう早い時期だったんですよ」(熊谷さん談)なんて調子のエロ話も、さんざんしてきました。楽しかったなあ。

一方の綾屋さん。やっぱり見た目では、障害当事者であるようには思えません。でも、見た目でわからないからこそ、たいへんなことがたくさんあるということが、お話のすみずみから伝わってきました。

『発達障害当事者研究』と『前略、離婚を決めました』(理論社)を読むと、勝手ながら、よくいままで生きてきたなあと思ってしまうような経験を乗り越えてきている。しかし、お会いするとそういう方のようには見えないんですよね。

いずれにしても、「見える障害」であれ「見えない障害」であれ、まず、そういう人がそこにいるということを理解しないと、何もはじまらないような気がしました。空気のように、いてもいないことになってしまうということは、避ける必要があるような気がします。

だからといって、日本全国の人に綾屋さんや熊谷さんと会ってみてください、なんていえませんし、それは無理なことです。そうなると、障害の当事者ではない人が、当事者が「そこにいる」ことを理解できるよう、言い換えれば当事者を可視化する(できる)ような環境を整える必要があるでしょう。これは、おもに国や地方の行政がやるべきことなのでは。

次に、当事者が発言し、その発言が本やテレビなどの媒体をとおして、当事者を知らない人にも、当事者の声が伝わるような環境が必要だと思います。この点では、出版社をやっている私にもできることがあるのかもしれない、と感じました。直接、当事者と会わなくても、とりあえず彼らが置かれた状況を当事者ではない人が把握するのは、重要なことだと思います。

そして、道ばたで見かけたり、本で情報を仕入れたりしたうえで、直接、当事者の方々に会えたらいいですね。この段階までくれば、当事者が社会のなかに「いる」ということを、おそらく意識できるようになる。

もちろん、世の中の誰もが障害当事者のことを知るべきだ、なんて思っているわけではありません。そうだったらいいけれど、それはむずかしいでしょう。とはいえ、自分の視界に入ってこなくても、実際に当事者は社会のなかに「いる」わけです。ならば、できるなら当事者が「いる」ということを、ひとりでも多くの人に意識してもらいたいなあ、と思うわけです。

障害の当事者は、社会のなかにいる。そこを基点に物事を考えるかどうか。そこがポイントだと思います。私だって、過剰に障害当事者の味方のふりをするような、偽善的な振る舞いには嫌悪感をおぼえます。そうではなくて、「いるのだから、なんとかできたらいいね」と、なんとなく考えつづけることが、重要なのだと思うのです。

ところで、「見える障害」を持つ熊谷さんは、ドイツ製の高性能車いすに乗っています。そして、その車いすの後部には、30cm四方くらいの踏み台のような板があり、人が立って乗れるようになっています。

乗らせていただきました、車いすの後部に(笑)。馬力はあるし、進路も確実にとれる。すごい性能でした。おもしろいもので、そうやって車いすの後部に乗っていると、道行く人たちは、熊谷さんではなくて、私のほうをじろじろ見るんですよ。

いい経験になりました。とにかく、昨晩は、障害当事者が「いる」ということを実感するよい機会になりました。綾屋さん、熊谷さん、ありがとう!

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