双風亭日乗

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2009年10月22日 (木)

魚と猫 2

以下のコメントにお答えします。

犬や猫は、日本人にとって特別な存在なんですよ。
そもそも野生動物や食用動物と混同して議論することが間違っています。

伴侶動物としての犬猫と人間の歴史を少しは勉強してみたらいかがですか?

投稿: 犬好き | 2009/10/22 10:11:07

「日本人にとって特別な存在」かどうかというのは、犬猫から見れば、日本人という人たちが勝手に決めていることだと思います。「野生動物」やら「食用動物」、また「伴侶動物」という分類も、人が勝手に決めていることでしょう。

人は、人以外の生き物に対して、たえず権力を発動していると思います。権力というのは、たいてい暴力が根拠となっています。つまり、人が、人以外の生き物を生かしているのは、あくまでも「生かしている」のであって、いざとなったら暴力を発動して殺すことができる、ということが前提になっているわけです。

人が、人以外の生き物をかわいがろうが、食べようが、殺そうが、私はかまわないと思います。結局は、人が人以外の生き物に対して権力を発動していることには、かわりがないと思うからです。とはいえ、両者の関係性の前提には、上記のような権力関係があるということを「わかっておくこと」は、とてもたいせつなことだと思います。

わかっておいたうえで、殺して食べる生き物に対しては申し訳ないと思ったり(過剰でないかたちで)、犬猫を去勢することはどういうことなのかを考えたりすればいいのではありませんか。野生やら食用やら伴侶などという分類も、人が勝手に分けているものですから、地域や文化、宗教などによってそれが異なることも考えられ、「間違っている」などと断言できるような問題ではないと思いますが、いかがなものでしょうか。

繰りかえしますが、人以外の生き物からいわせれば、どの生き物が特別扱いされるのかなんてことは、人が勝手に決めていること。『「子猫殺し」を語る』から一貫して私が言いたいのは、そのことです。

それにしても……。他人のブログにコメントする際に、どうして「少しは勉強してみたらいかがですか」とか平気でいえてしまうのかが、私には不思議で仕方がありません。ネットとかメールは、こわいですなぁ。

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魚と猫 2:

コメント

勉強しろとは、余計な一言でしたね。謹んでお詫び申し上げます。

「野生動物」「食用動物」「伴侶動物」の分類は、長い歴史と科学的研究によって決定づけられた、私たちの「文化」であって、そのけじめは必要だと考えています。
当然、時代や住んでいる国の事情によって変化するものですし、異なる考えを述べられるのは自由ですが。

ところで、本の中で、湯川れい子さんや左近司祥子さんを「浅薄な文化人」と切って捨てていますが、いかがなものでしょうか?

湯川さんは、行政による殺処分をなくす運動に参加されています。

左近司先生は、捨てられて行き場のないたくさんの猫を自宅でお世話されています。
『哲学するネコ』(小学館文庫)には、避妊手術に対する罪悪感や、治療を尽くしても回復の見込みのない病気の猫を安楽死させることへの苦悩などが述べられています。

対談をするなら、同じような考えの人を集めて和気藹々とするより、対立する考え方の人が意見を戦わせるほうが面白いと思います。
次回作に期待します。


投稿: 犬好き | 2009/10/22 15:52:27

「人間には他の生き物に避妊手術をする権利も、生まれた子を殺す権利もない」とは
坂東さんのお言葉ですが、
「子猫殺しを語る」では
法律があること自体は、悪いことではないと思います。しかし、動物との
向き合い方のすべてが、この法律にもとづいて行われる必要など
ないでしょう。法律があってもなくても、人と動物はどう向き合っていったら
いいのかということを、動物に関係する個人がそれぞれ考えればいいことなんだと
思います。

動物の権利なんか宇宙のかなたにすっとんでるような気がしましたね。
結局のところ、何がいいたんだかサッパリわからいのってのが一連の
文章の読後感かな。
谷川さんも板東さんも結局のところ言いたいことは、動物を人間が
どう扱おうが、ガタガタ文句つけるな、ってところですかね。

投稿: | 2009/11/02 12:43:56