2010年4月26日 (月)
生まれ育った施設にて
一昨日、何年ぶりかで、高校まで世話になった横須賀の養護施設にいきました。約30年前に卒園しているのですから、知っている人はいないだろうとあきらめていました。ところが……。
私が入所した1976年に指導員をやっていたSさんが、なんといまだに指導員として働いていらっしゃいました。途中、何年かのブランクはあるとのことですが、指導員生活30余年とのこと。
昔話に花を咲かせたあと、施設の現状に関するお話を聞きました。まず、施設経営については、長時間労働でありながら給料が安いため、長期で働く保母さんや指導員が少ないこと。また、国・県・市のそれぞれから下りる予算が、すこしずつカットされていること。
園児については、私がいたころよりも断然、自由な状況になっていることがわかりました。たとえば、外出は原則自由(私らのころは不可)。バイトをして電話代を稼げば、高校生は携帯の所持が可能(30年前は携帯がなかったけど)。あと、親に虐待されて入所する子どもの数が激増しているとのことでした。
そして、Sさんがいっていたことで、さらに気になったことがふたつあります。ひとつは、園児の学力が全般的に低下しており、その原因は「あきらめ感」にあるのではないか、ということ。施設を出ても、どうせロクな仕事につけない。虐待するような親がいると、社会に出てから一緒に暮らしてもいいことがない……。
ふたつめは、園児同士のつながりが薄くなり、各自が孤立しているということ。学年が高くなればなるほど、その傾向が深まるそうです。まあ、プライベートな部分を確保することは、よいことだとは思います。私らの時代には、ほとんどなかったですから。
しかし、それが行き過ぎると、集団における協調性が欠けたままで社会に出ることになってしまうおそれがあります。なんと、不登校の園児も数名いるんだそうです。施設にいるから、ぜったい学校にいかなければならない、とはいいません。でも、私のつたない経験からいえば、施設にいるからこそ、学校にいっておいたほうがいいという現実もあります。
そして、最後にSさんから衝撃的な話を聞きました。
私の一学年下のAさん(たぶん45歳)は、高校を中退して料理人になり、施設の近くで店を経営するまでになりました。ところが、数年前に不景気で店が閉店。千葉に流れて、料理人をやっていましたが、店でケンカをしてしまい、辞めることに。そして、もともと身よりがなく、くわえて働くところも失ったAさんは、一週間ほどホームレス生活をおくったあと、施設にやってきたんだそうです。
施設に来られても、卒園生のめんどうまで見ることはできません。同期の卒園生の連絡先を聞きたがっていましたが、教えるとAさんがその人たちの元にいくことが予想されたので、Sさんは教えませんでした。結局、「残念だけど、力になれない」と告げて、Aさんには泣く泣く帰ってもらったそうです。
正直いって、自分もいつそうなるかわかりません。とはいえ、無縁社会なんていわれていますが、施設を出た人はもともと無縁な人が多く、中学や高校を出て、社会に出た時点で、ある種の覚悟をしています。普通に家族がいる人たちは、社会に出たあとで家族と仲が悪くなったり、無縁化して、そういう人が増えてきたから無縁社会といわれているだけの話。
ようは、私らにとっては、無縁がデフォルトだから、なんでいまさら「無縁社会」などと騒いでいるのだろう、という思いはあります。でも、同じ施設を出た歳の近いAさんが、無縁化の果てにホームレスとなり、施設に支援をもとめざるをえなかった状況を知ると、さすがにもの悲しさを感じます。
日乗 | コメント (0)
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