双風亭日乗

« あっ、更新し忘れてました | トップページ | 出版業界で働く人は…… »

2010年6月 1日 (火)

「麻原彰晃の四女」の手記を読んで

麻原彰晃の四女である松本聡香さんが書いた『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』(徳間書店)を読みました。あいまいな感想で申し訳ありませんが、なんともいえない読後感でした。

この本のポイントは、三つあると思います。ひとつめは、麻原の娘として育った著者の数奇な人生。これがメインですね。ふたつめは、面会にいったときの父・麻原彰晃の情報(とくに奇妙な行動)。三つめは、後見人となった江川紹子さんと著者との関係です。

麻原の娘として生まれたがゆえに、普通の家庭とは異なる環境で育ちあがってしまった著者。とりわけ、麻原が逮捕されてからは、麻原家に生まれたがゆえに、世間から「のけ者」にされていく。私がもっとも嫌な気分になったのは、以下のくだりです(同書、p131-132)。

著者がリストカットをはじめると、キョウダイたちは学校でのいじめがその原因ではないかと考え、教育委員会に対策を願い出ます。「もしいじめが原因でさとかが死んだらどうするのですか」と訴える著者の姉(次女)。

それに対して、著者が通う学校の校長は、「でも、さとかさんの命は一つですよね。あなた方のお父さんは、たくさんの人を殺しましたね。あなたが死んでも仕方がないでしょう」と答える。さらに、著者を支援する人権派弁護士らは、その場で「テロリストであってもリンチをしてはいけない」というようなことをいうのみ……。

未成年の子どもがしでかしたことについて、親が責任を問われるというのは、ある意味で仕方のないことだと思います。でも、親がしでかしたことについて、未成年の子どもが責任を問われるというのは、どう考えてもおかしな話だと思います。「おいコラ、校長」ですよ、まったく。

他方、「人権」を御旗にして、テロリスト「であっても」リンチはいけないという人権派の人々の言い分にも、大きな違和感があります。いいおとなが、なんでもかんでも「平等」にあつかえば「平和」がおとずれる、などという幻想を抱くのは、やめにしましょうよ、人権派の人たち。

冷たい態度かもしれませんが、この手記を読んだからといって、私は筆者に対して「かわいそう」とか「がんばれ」などと、簡単に声をかけることはできません。そんなの、安直かつ偽善的ではありませんか。とはいえ、こうしてブログで手記をとりあげ、その存在をみなさんに知らせることはできます。

はっきりいって、この手記を書籍にする必要があったのかどうか、疑問が残ります。内容からいうと、どこぞの月刊誌あたりで、特集ページを組めば済むようなものだと思うからです。それでも、著者は生活に困っているような感じなので、手記が書籍として販売され、すこしでも多くの印税が著者に届くといいなあ、とも思います。

次は、柳美里さんの『ファミリー・シークレット』(講談社)の感想を。これまた、なんともいえない本です。ではでは。

日乗 | コメント (0) | トラックバック (0) |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:
「麻原彰晃の四女」の手記を読んで:

コメント