双風亭日乗

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2010年10月 7日 (木)

たいした女優です

ハンセン病って、知ってます?

「らい菌(Mycobacterium leprae)によって起こる慢性の細菌感染症」で、「体の末梢神経が麻痺したり、皮膚がただれたような状態になるのが特徴。特にその外見から、患者やその家族は差別の対象となり続けた」(はてなキーワードより)。

日本では、1907年から1996年のあいだ、ハンセン病の患者は法律にもとづいて、国立ハンセン病療養所に強制隔離されてきました。伝染力が低いことや完治することがわかったあとも、その隔離政策はつづいたのです。

2010年10月4日の深夜に放送された「報道の魂」(TBS)というドキュメンタリー番組のタイトルは、「証言・八十年目の真実 長島そしてノルウェー」。おもに、同療養所のひとつである岡山県の「国立療養所長島愛生園」で暮らす人々にスポットを当てたものでした。

その前の週には、「NNNドキュメント'10」が「その手をつないで ハンセン病の島から未来へ」というタイトルの番組で、こちらは香川県の「国立療養所大島青松園」で暮らす人々と周辺地域の人々との交流を描いた作品でした。

こういう番組をきちんとつくっていることを知ると、「テレビも捨てたものじゃない」とつくづく思います。しかし、深夜に硬派な番組を放送して、どれだけの人が観ているのでしょう。そう思うと、ちょっと残念な気持ちにもなります。

さて、「報道の魂」の方ですが、愛生園の入所者のひとりによって録音された多くの患者の証言が印象的でした。その証言からは、彼らがいかに不条理な生活を送っていたのかが浮かびあがってきます。

また、「らい菌」を発見したハンセン医師の祖国であるノルウェーでの取材でも、日本の問題点が浮き彫りになっていました。たとえば、同国ではハンセン氏病の患者を基本的には隔離しない方針で、専門の療養所は街中に存在していました。

さらに、ハンセン医師は、じつはらい菌を使って人体実験をしていたことがわかり、裁判の結果、医師をやめさせられていたという興味深い事実を知ることもできました。

で、本エントリーのタイトルに話は移るわけですが、この「報道の魂」のナレーションをしていたのが、なんと女優の吉永小百合さんでした。日曜の深夜(1時20分~)ですから、視聴率が一桁なのは確実。テーマは、ハンセン病。予算だって、けっして多くはないじょう。

つまり、吉永さんにとっては、「ハンセン病に対する不条理な差別を訴える」くらいしかメリットがないのに、ナレーションを引き受けているわけです。なにはともあれ、「たいした女優だなぁ」と感動した次第。

長々と書きましたが、ようはそれがいいたくて、このエントリーを書きました。

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たいした女優です:

コメント

こんにちは。いつも楽しく拝読しております。TVを見ないもので、件の番組を見逃したことのが残念です。

実は、私は去る8月に西武池袋線の清瀬駅からバスで10分のところにある「国立ハンセン病資料館」(http://www.hansen-dis.jp/)に行って来ました。

明治時代、まだ日本政府が対策を打たなかった頃に私立の療養所を作った外国人宣教師たちのこと、谷川さんもご指摘されている、政府による強制収容、そして96年に廃止されるまで収容を是とした法律が生きていたこと。らい予防協会などが主導した「無らい県運動」による全国的なハンセン病患者狩り、朝鮮半島に設立された療養所の存在。

他にも、1940年代になって薬が開発されるまでの間に行なわれていた大風子油の注射治療に伴う痛み、国立療養所内で流通していた独自通貨、体の痛みや症状の悪化をこらえながらの園内労働、重監房に入れられ殺された人たちのいた群馬県の栗生楽泉園のこと、戦後、恵楓園に収容された人たちの子供が生活していた龍田寮から通ってきた子供たち(ハンセン病未感染)を登校させないため、親たちが同盟休校を行なった熊本の黒髪事件のこと、患者達の運動のこと。

知らないことばかりでしたが、展示内容から衝撃を受けることが多くありました。ハンセン病が社会的に差別を受けていたことは知っていたのですが・・・。

ただ、同館の展示には政府=厚生労働省の国策的な立場を反映していると思しき記述もありますし、批判的に検証しながら観るべき箇所もあるようにも感じられました。

しかし、あの資料館を探訪したことについての文章を書こうとする際に何度も考えさせられるのは、自分がもしも、まだ治療薬が開発されていなかった時代に生きていたらどうしただろう、あるいは、自分自身が患者であったらどうだろう、ということでした。

見聞した事実が非常に重い上に、難しい問題を投げかけられたため、資料館の訪問から1ヶ月以上経ってもなかなか文章にできずにいます・・・。

1947年に定められた「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とし、ある種の精神病患者やハンセン病患者の断種を行うことを許可した優生保護法(現在は母体保護法と改称、断種に関する規定は削除)のことも含め、いずれ整理して文章を書きたいとは思っているのですが・・・。

投稿: 弥十七 | 2010/10/07 16:57:02