双風亭日乗

« 雑記 | トップページ | タマゾン川に怪魚が泳ぐ? »

2010年10月21日 (木)

「尖閣諸島」。右も左も真っ暗闇

「尖閣諸島」(中国名は「釣魚島」)付近で起きた漁船の衝突が、日本と中国とのあいだで領土問題に発展し、日本では「反中」、中国では「反日」を唱う人々によるデモが盛んにおこなわれているようです。

まず、中国のこと。現場にいったわけではないので、詳細はわかりません。いずれにせよ、報道の内容と映像で見るかぎり、デモの人々は、日頃のうっぷんを晴らしているように見えて仕方がありません。領土問題は単なるきっかけなのではありませんか。「だから、問題ないじゃん」とはいいませんが。

中国人作家のノーベル賞受賞を素直に喜べない言論状況。拡大する貧富の差。爆発の材料は、そろっています。興味深いのは、領土問題では「釣魚島」が中国の領土だと中央政府がキャンペーンを張っていたので、おそらく「反日」デモを規制しづらい状況になっていることです。

単なるきっかけとはいえ、領土問題をめぐる「反日」の気運が、中国の人々のあいだで高まりすぎないことを望みたいですね。逆に、「反日」から「中央政府に対する反発」へとデモのテーマが変わっていったら、中国でなにかが起きるかもしれません。いや、起きても抑えつけられてしまうのでしょうか。

さて、それに対する日本の「反中」デモ。こちらは、ネットで調べた範囲で感想を述べますが、一言でいうと火事場泥棒のように見えます。デモとはいっているものの、実態は上記で紹介した中国でのデモのアンチとして人を集め、自分らの存在をアピールする。日本を愛するという大風呂敷を広げたうえで、中国や中国人を徹底的に排斥し、馬鹿にているだけなのでは。

仮に、「反日」デモをしている中国人を排斥し、馬鹿にしたいのなら、なにもしないで、鼻で笑っているのがもっとも効果的だと思います。もちろん、鼻で笑うというのは例えであり、ようはもっとオトナの対応をすべきだろうし、派手なデモをやる前にすべきことや考えるべきことはたくさんある、ということです。

「反中」デモの人々は、自分たちが排斥する側であり、馬鹿にする側である中国人と、まったく同じことをやっているということに気づかないのでしょうか。いくら中国人と日本人が排斥し合ったり馬鹿にし合っていても、「尖閣諸島」の領土問題はすこしも解決しないことなど、ちょっと考えればわかると思うのですが。

そもそも、国を愛しているのなら、東京の街角で中国人を排除する言葉を連呼することなど論外です。お互い、いろいろなわだかまりはあるけれど、中国は日本の隣国であり、経済的にも資源的にも助け合わなければ、とりあえず今後の日本が立ちいかなくなることは、日々のニュースを見ていれば一目瞭然でしょう。

ようは、日本の「反中」デモも、私にはうさばらしの一種にしか見えません。思ったことや感じたことを、咀嚼することなくそのまま発露して、日頃の不満を吐き出している……。東京・上野の街を歩く中国人に「シナ人は出ていけ」なんて言葉を投げても、日本にとっていいことなどひとつもありません。

そんな「反日」デモについて、一部の左翼系メディアは、マスコミが取りあげない、となげいています。しかし、上記のような「うさばらし」など、取材する必要がない、とマスコミはおそらく考えているわけで。ほんの一部の人が、理不尽な理由(愛国=中国人排斥)をもって騒いでいるだけの話です。

で、左翼っぽい人のブログなどを拝見すると、尖閣諸島は日本の領土ではなく、植民地支配の結果として清国から奪ったものだ、なんて書いてあったりします。だから、日本の「反中」デモはナンセンスだという論調ですね。

これまた違和感あり、です。歴史的な事実は、もちろん知っておくべきだとは思います。でも、その事実を踏まえたうえで、この先のことを考えるのならば、「尖閣諸島」の領土問題については、過去の出来事を認識したうえで、両国が腹を割って話し合い、妥協し合い、お互いに納得のいく落としどころを探っていくしか、解決の方法はないと私は思います。

中国のデモはさておき、日本における右と左の「尖閣諸島」をめぐる論調は、ただただ敵に対する反発を示すのみであり、旧態依然としかいいようがありません。繰り返しますが、たとえスタンスが異なっていても、お互いにそれを認めつつ、将来を見据えて、前向きな対話をすることはできないのでしょうか。いまや自民党と共産党が野党として連携する自体なのですから。

右や左の旦那様。このままでは、鶴田浩二さんに「右も左も真っ暗闇じゃあございませんか」っていわれちゃいますよ(笑)

日乗 | コメント (0) | トラックバック (0) |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:
「尖閣諸島」。右も左も真っ暗闇:

コメント