双風亭日乗

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2010年10月27日 (水)

タマゾン川に怪魚が泳ぐ?

あの多摩川に、熱帯原産の外来種と呼ばれる魚がたくさん泳いでいるそうです。「外来種」とは、元は日本にいなかったものの、なんらかの理由で日本に持ち込まれた動植物のことです。「週刊SPA!」2010年10月26日号の特集「タマゾン側の怪魚を追え」で知りました。

同記事では、多摩川のタマゾン川化の理由として、家庭から流される温かい下水(なんと多摩川の水量の7割!)により水の温度が上昇していることと、飼えなくなったペットの外来種を川に捨てていることがあげられています。そして、後者の理由が問題の根源であることは、いうまでもありません。

安易に外来種を野に放つと、日本に元から棲息していた動植物(在来種)、とりわけ植物以外の生き物の生態系に、悪影響をおよぼす可能性がある。そんな基礎情報が、意外に広く伝わっていないのかもしれません。

たとえば、外来種の魚が餌にしてしまったり、外来種が在来種と交尾することにより中間種が増えることによって、在来種の数が減ります。さらに、魚の場合、元は川の魚はかからなかった病気を、飼育されていた魚が持ち込むこともあります。

これは、魚だけに限った話ではありません。犬や猫も、ペットだったものを野に放てば、野生の小動物を餌にしてしまい、生態系をくずす原因になってしまう場合もある。いずれにしても、はっきりいえることは、問題の根源がそれらの生き物にあるのではなく、捨てる飼い主にある、ということです。

もちろん、芦ノ湖のブラックバスなど、外来種と地域の生態系が共存しているところもあります。ようは、外来種がすべて害になるとは限らない、という話です。とはいえ、それは「たまたま」そうだったのであって、基本的にはペットで飼っている外来種を野に放つことには、大きな問題があるわけです。

ひとことだけいわせてもらえば、「飼ってるペットは、死ぬまで責任を持って育てましょうよ」ということでしょうか。事情があって飼えなくなったら、ほかの飼ってくれる人を見つけましょうよ。そして、それができないのなら、そもそもペットなど飼うことなど、やめるべきだと私は思います。

来月、ペットと人間の付きあい方を考えるため本が、河出書房新社から刊行されます。小林照幸著『ぼくたちに殺されるいのち』。他社の本ですが、私は同書の編集をお手伝いしました。詳細は、後日お知らせしますね。

日乗 | コメント (1) | トラックバック (0) |

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タマゾン川に怪魚が泳ぐ?:

コメント

こんにちは。久しぶりにお邪魔します。

数年前、多摩川はすっかり綺麗になって、鯉やウグイも姿を見せるようになったと聞いて、喜んでいたのですが、まさかアマゾン川ならぬ「タマゾン川」になっていたとは。

確か多摩川には、心無い飼い主によって捨てられたペットの熱帯魚や小動物を預かる「おさかなポスト」(確かそういう名前だったかと思います)があったと聞いていますが、今回の「タマゾン川」化問題は、若しかしたら、その「おさかなポスト」が収容限度を超えてしまったらしいことも関係しているのではないのか。今回のエントリーを読んで私が真っ先に感じた事はこのことでした。

自分自身も子供時代、生き物を飼っていた事もあったので特に強く思うのですが、生き物を飼うということは、犬・猫・観賞魚に限らず、どんな生き物であっても、「何があっても君を捨てたりしない。君が最期を迎えるまで大切にし、一緒に生きる」という飼い主の強い「覚悟」なしには為し得ないのではないのですか。

いわゆる「ドリームボックス」に好奇心だけで自らの元に迎え入れた犬猫を「もう飽きたから」といってゴミでも捨てるように捨てていく者や、今回のエントリーでもご紹介されていた「多摩川の“タマゾン”化」を、ペットの観賞魚を捨てる事で“促進”させている者というのは、きっとそんな「覚悟」のない人間たちなのでしょうね。

それと、もう1つ思ったことは、仰るように『外来生物を簡単に野に放つ事の危険性』をもっと世の中に伝えていかなくては、ということです。伝えていくことによって更に多くの人々の中に『ペット放棄による生態系破壊』についての問題意識が育っていくはずです。

ともあれ、多摩川の環境が一日も早く、もとの姿に戻る事を念願してやみません。

長くなりましたので、これで失礼致します。

投稿: 銀鏡反応 | 2010/11/07 15:12:14