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デリダの遺言

仲正昌樹

デリダの遺言 デリダの遺言 ~「生き生き」とした思想を語る死者へ~

仲正昌樹 著


わかりやすい言葉」や「生きた言葉」で書かれた哲学書や思想書が多く出回っている昨今。


とはいえ、安易にその「わかりやすさ」や「生き生き感」を信用してしまっていいのか。
哲学や現代思想には、「語りきれない」ものが絶えず含まれるのではないか。


それが、デリダによる「音声中心主義批判」の本質ではなかったのか?


 著者は、そういった問題意識から、まず個人的体験に即しつつ、「生き生き」とした言葉がどういう場面で、どのように使われているのかを論じる。つづいて、「生き生き」への賛否をめぐる思想史を、フィヒテやゲーテからはじまり、ヘーゲル、マルクス、フッサール、ベンヤミン、デリダらの言説を振り返りながら概観する。さらに、思想業界における「生き生き」とした言葉を語る論客のあり方を批判的に検証する。


 批判の対象は、柄谷行人や竹田青嗣、高橋哲哉、斎藤貴男など。最後に、著者自身がいかに「生き生き」とした言葉を嫌っており、いかにして「生きた言葉を語る死者」にならないよう、心がけているのかを説明する。


■目 次■

序文

第一章 生き生きした人たち

  ・「生の声」とは何か
  ・「生きた英語」の「生き生きした経験」
  ・大学における「生き生きした知」
  ・「生きた労働」から「生きた身体」へ
  ・「生きたサブカル」の社会学
  ・「サブカル」は「生きている」のか?
  ・「生き生き」した子どもたち
  ・「現場」からの「生の声」って何?

第二章 「生き生き」としたユートピアの誕生

  ・「生きた自然」はいつ消えた?
  ・フィヒテとゲーテ
  ・自我哲学の限界と過去への憧憬
  ・無限の二重化
  ・物語と自我
  ・不幸な自己意識――ヘーゲルによる批判――
  ・マルクス主義の「疎外」論
  ・「生き生きしたユートピア」を回復するための歴史

第三章 「生き生きした世界」観の脱構築

  ・「私」のスイッチをオフにする
  ・「生き生きした現在」の現象学
  ・ガラクタの思想
  ・「生き生きしたもの」の瓦礫
  ・啓蒙の弁証法
  ・「生き生き」をめぐる「二項対立」と哲学
  ・「私」を書き込む
  ・パロールとエクリチュール
  ・エクリチュールの帝国
  ・そしてエクリチュールは変身する

第四章 「生き生き」とした思想を語る死者たち 

  ・「竹田さん」の生き生きした現象学
  ・竹田現象学の“世界史的使命”
  ・生き生きした「思考の原理」とは何なのか?
  ・それほど生き生きしていなかった「柄谷さん」
  ・「柄谷さん」が「社会運動」で生き生きしはじめた頃
  ・記号としての「柄谷さん」
  ・生き生きと証言する「高橋さん」
  ・「高橋さん」の政治学
  ・「お国のために闘う高橋さん」と「庶民を導く斎藤さん」 

第五章 人はどうして「生き生き」したがるのか?

  ・「生き生き」していないと不安?
  ・「生き生き」した商売 
  ・「生き生き教」の教え
  ・バカこそ「生き生き」している?
  ・「死に体」の思想

文献案内


【書籍情報】

46判、並製、256ページ
2005年10月20日発売
定価1890円(税5%)


【著者略歴】

仲正昌樹(ナカマサ・マサキ)
一九六三年広島生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学部教授。専攻は、社会思想史、比較文学。『ポスト・モダンの左旋回』(情況出版)、『歴史と正義』(御茶の水書房)、『「不自由」論』(ちくま新書)、『なぜ「話」は通じないのか』(晶文社)など多数。

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