第6信 人間の自由について
<茂木健一郎から斎藤環への手紙>
■不同意であることを同意する
斎藤環さま。
とても興味深いお手紙を、ありがとうございました。
私たちの祖先は、アフリカで誕生し、それから世界各地に散らばっていったと考えられています。遠くへ、もっと遠くへと赴こうとするのは、どうやら私たちの本能のようです。物理的空間だけでなく、概念の世界のなかにおいても。できるだけ、遠くにいくには、どうすればよいか。斎藤さんの議論を拝読しながら、なぜかそんなことを考えていました。
議論をするということの意味は、いったいなんでしょう? 斎藤さんは、依然として私の観点の多くに同意できないといわれる。私は、それでもよいのかもしれないと思います。そもそも、多様性を育むことをよしとする現代において、共感とか同意などだけに価値を置く必要はないと考えるからです。
むしろ、お互いの立場がどれほど離れているかを確認する。そうして、とりあえずは、その差異を認めあって、それぞれの人生を生きていく。そのような論争があっても、よいのではないでしょうか。
多様性を認めあうことは、たとえば、政治的な文脈においては、成熟した民主主義の不可欠な要件であるようにも思われます。
斎藤さんの最後のお返事をいただいたあと、どんなお返事を書こうかと思いをめぐらせながら、私はアメリカ合衆国を旅していました。移動の車内で、乗りあわせた「トニー」と「ピーター」のふたりが議論を交わしているのに、耳を傾けていました。
トニーはかつて海兵隊に所属していて、沖縄にも何年かいたそうです。政治的な信条はどちらかといえば保守的で、政府があまり人々の生活に介入すべきではないという立場をとっている。はっきりとはいわなかったけれども、トニーは、共和党の支持者のようでした。一方のピーターは、古生物学を専門とする研究者。政治的な信条はどちらかといえばリベラルで、民主党の支持者のようでした。
トニーは、高校を中退して、海兵隊に入りました、当時、母親とうまくいっていなかったのだそうです。トニーはなげいていました。「私が、かつて、その価値観やシステムを守ろうとした国は、もはや存在しない」と。
トニーは、オバマ大統領の政策が、気にくわないようでした。「小さな政府」を支持するトニーにとっては、医療保険制度改革などにおけるオバマ大統領の政策は、がまんができなかったのでしょう。「私は、オバマを、私たちの大統領とは認めない」とトニーは言いました。「だから、私は、オバマを、オバマ大統領とは決して呼ばない。ただ単に、オバマと呼ぶ」トニーは、そのように断言したのです。
それに対して、ピーターが静かに反論しました。「そんなことはない。オバマは、君の大統領でもある。彼は、民主的な選挙によって、多数の人々に選ばれたのだ。私は、ブッシュの政策が気にくわなかった。しかし、ブッシュも、まちがいなく私の大統領だった。それと同じように、オバマも、まちがいなく君の大統領だよ」
トニーは納得しません。「オバマの問題点は、軍の経験がすくないことだ。だから、軍人の気持ちがわからない……」
トニーの話を聞きながら、ピーターは、首を振ります。ふたりの意見が一致することは、なさそうです。
トニーとピーターが、まったく異なる立場を貫きながらも、なおもお互いに議論を重ねるという姿勢をけっして忘れないこと。その様子は、感動的でさえありました。「同意しないということについて、同意する」(agree to disagree)という精神が、トニーとピーターのふたりの対話から、自然ににじみ出ているように感じたのです。
重要なこととして感じたのは、トニーとピーターの政治的信条が、それぞれの人生の履歴や、そのうつろいのなかで経験してきたこと、現在置かれている環境などから「必然的」に導かれてきたことだということです。それぞれがそのような立場をとるということは、そうでなければならなかったわけではないという意味においては偶然であり、現在そうなってしまっているという意味においては必然でもある。それぞれの存在の、身体性をともなう重みをありったけ乗せて、固有の見解が披露されつつある。つまりは、それぞれの人の意見は、この世界における起こりえる経験の多様性を反映しています。
そのような意味において、トニーとピーターの見解は、「相補的」です。アメリカの今後の政治的方向性をめぐる、さまざまな見解。それぞれ視点が異なる見解が組みあわさることによってバランスのとれた像を描くことができる。トニーが代表する政治的見解だけでも、ピーターの背後にある政治的な傾向だけでも、どちらだけでもアメリカ政治を語ることはできない。両者がお互いに補いあって、妥協し、場合によっては融合しあってこそ、時代の要請にしたがってフレキシブルに変わる政策が実現できる。
トニーとピーターのように、異なる意見を持つふたりが自由に議論できるということこそが、アメリカの民主主義の持っている強さであるとさえ感じたのです。




















